宮司のブログ

こんにちは。日吉神社の宮司を務める三輪隆裕です。今回、ホームページのリニューアルに伴い、私のページを新設してもらうことになりました。若い頃から、各所に原稿を発表したり、講演を行ったりしていますので、コンテンツは沢山あります。その中から、面白そうなものを少しずつ発表していこうと思います。ご意見などございましたら、ご遠慮なくお寄せください。

エマニュエル・トッド氏の説に反論する

2023年7月1日   投稿者:宮司

人口動態を見て世界の将来を予想することで、一躍世界論壇の寵児となっているエマニュエル・トッド氏の説に反論したい。

 氏は、池上彰氏との対談の中で、「この戦争(ウクライナ戦争)が始まったとき、私は地政学の本を書き始めていました。そのとき世界は中国対アメリカという構図で見ることができると考えていました。しかし、アメリカの生産力がひじょうに弱まっていることや、中国も出生率がひじょうに低下していることから、その構図で世界を見るのは正しくないことに気づきました。  私は焦点をロシアに移していきました。すると、ロシアは保守的ではありますが、たとえば乳幼児死亡率がいまはアメリカを下回るなど、社会としてある程度安定した国であることが見えてきました。  ただ、人口は減少傾向にあり、ロシア的な帝国主義を世界に広めていくほどの勢力ではないことにも気づきました。そして中国も同様に出生率が低下しているので、これらの国がこの世界システムのなかで問題なのではないということに気づいたんですね。一方、ヨーロッパは、混乱しつつも、社会的にはまあまあ安定しているといったような姿に見えてきました。  そして、イギリスが危機的な状況にあるということから、アメリカの問題にも向き合うことになったんです。  世界のシステムを考えていくうえで、どの国が問題なのか。世界が不安定化していくその中心にあり、世界がこれから先に向き合わないといけないのはアングロサクソン圏、とくにアメリカの「後退のスパイラル」なのだということに気づいたんです。問題はロシアでも中国でもなく、アメリカなのです。」(ウクライナ戦争の裏で進む「アメリカの危機」 池上彰「結果的にロシアの世界戦略が成功しつつあるのかも」〈AERA〉6月30日配信

 トッド氏は、人口動態の分析によってそれぞれの国家の将来的な国力の盛衰を予言することには長けているが、世界全体の流れを見て、将来を予測することはしない。アメリカ合衆国は確かに、現在、ポピュリズムと虚偽主義、ともにトランプ氏がもたらしたものだが、それによる分裂の危機の只中にあり、また、経済のグローバル化の中で、その経済力が世界経済の中で占める割合は確実に下降しており、一見、国力が後退しているように見える。
しかしこれは、米国の経済力の絶対値が低下したわけではなく、世界経済の総合値が毎年右肩上がりに上昇し、その上昇部分が発展途上国の近代化によって起こされているから、世界経済に占める割合が下がっているだけだ。実際に過去43年の米国の実質GDPの推移を見ると、リーマンショック(2008-09)とコロナの時期(2019-20)に少し下がったが、それ以外は、1980年より一貫して上昇を続けている。
https://ecodb.net/country/US/imf_gdp.html

 そして、米国一国支配とロシアが望む多極化と比べ、多極化が望ましいという。
「 むしろ、ロシアが(ウクライナ戦争の)勝者になる可能性があるんです。この戦争は単なる軍事的な衝突ではなく、実は価値観の戦争でもあります。西側の国は、アングロサクソン的な自由と民主主義が普遍的で正しいと考えています。一方のロシアは権威主義でありつつも、あらゆる文明や国家の特殊性を尊重するという考えが正しいと考えています。そして中国、インド、中東やアフリカなど、このロシアの価値観のほうに共感する国は意外に多いのです。」(同上)

 現在の世界は、米国一極支配の世界ではない。現在の世界は、グローバル化の進展とともに、国境が希薄化され、世界が各々の文化価値を認め合いながら共存する方向に向いている。その共存を保障する社会システムが、自由と民主主義と資本主義というわけだ。


 グローバル化は、人類が全て豊かで近代的で便利な生活を享受できる世界を目指している。国境を超えて人種や文化の違う人々が交流し、現代文化ともいうべき一つの形が出来上がりつつある。共通言語は英語であり、人々は、同じルールのもとで、飛行機に乗って他国へ赴き、空調のある快適な部屋で過ごし、近場の移動は自動車や電車・汽車で移動し、どの都市へ行っても世界中の食事が用意されていて、選択が可能である。日常のスタイルは、パリ発のファッションで画一化され、同時に個性も尊重される。携帯電話はどの機種を使っても、世界中で通用し、情報は一瞬のうちに世界を駆け巡る。これが現代社会だ。

 それに対し、ロシアや中国は、権威主義の体制を維持するために、情報を統制し、自由を抑圧し、一つ間違えば、計画経済という、かつて共産主義の美名のもとに育まれた最悪の経済体制に戻りかねない。もし、ロシアが、異なる文明を尊重する国であれば、ウクライナへ侵略するはずがない。中国は、台湾を自国の領土とするはずがない。香港自治法などという抑圧的な法律を施行するはずがない。簡単にわかるように、権威主義の国家であればあるほど、多様性を認めないのだ。

 このようなロシアや中国が、多極化を導くなど、到底あり得ない話である。ウクライナ戦争は、まさしく、グローバル化の否定なのだ。

 どうしてこのような間違った認識が起きるのか?それは、地政学的な見方にこだわるからである。地政学で世界を見れば、国家間の競争として世界を捉えることになる。したがって、国家が消滅しようとしている現在の状況を認識することは、決してできないということだ。

 トッド氏に限らず、こういった誤認をする評論家は多い。気をつけねばならない。
                  (2023/07/01)

世界-経済