宮司のブログ

こんにちは。日吉神社の宮司を務める三輪隆裕です。今回、ホームページのリニューアルに伴い、私のページを新設してもらうことになりました。若い頃から、各所に原稿を発表したり、講演を行ったりしていますので、コンテンツは沢山あります。その中から、面白そうなものを少しずつ発表していこうと思います。ご意見などございましたら、ご遠慮なくお寄せください。

「人新世の資本論」を考える

2024年2月12日   投稿者:宮司

 2021年に出版された斉藤幸平氏の「人新世の資本論」はベストセラーとなり、グローバル化に不安を感じる人々に受け入れられているようである。斎藤氏の考えを見てみよう。

 最初に理解しなければならないことは、斎藤幸平氏は資本主義を否定し、新しい形の共産主義を求めているのではないということだ。

 資本主義は、基本的に、個人の政治、経済、社会面などの活動の自由を尊重し、個人間の競争により、社会の富を豊かにしていこうとするものだ。そして、共産主義は、基本的に、全体が豊かになるという目的のために政府という指導的組織を確立し、諸個人がその指示に従い、計画的に社会の富を豊かにしていこうとするものだ。

 歴史的に見れば、それぞれの欠点が明瞭になっている。資本主義の欠点は、野放しの資本主義は、景気の著しい変動を作る。そして全体としての調和のある開発がされにくく、貧富の差という不平等を常に作り続けるということだ。

 これに対し、西欧などの修正資本主義は、政府が市場に関与することを通して景気変動の波を抑え、労働者の人権を認め、その保護のための諸政策を行うことにより、競争による歪みを緩和し、また、社会福祉政策や課税制度を通して貧富の差を解消することに努めた。現在は、開発の歪みを是正するための様々な取り組みが国際的になされている。

 一方、共産主義の欠点は、指導者層の腐敗による賄賂や情実の横行、横並びの給与形態や計画生産による労働生産性の欠如にあった。

 これに対し、共産主義国では、共産主義計画経済を捨てて、資本主義的な個人単位の競争経済を導入することによって、豊かな生産性を確保しようとした。結果的に20世紀の終わりに、共産主義国家は経済システムとしての共産主義を放棄し、指導者層の権力を温存した権威主義の国家に変質したのである。中には、政治的にも個人を基礎とする民主主義を導入し、修正資本主義国家と同様な形態となった国々もある。端的な例が東ドイツである。

 斉藤幸平氏はいう。「自分たち(日本人)はこの豊かな生活を手放したくないという考えが強かったのではないでしょうか。けれども、この豊かな生活こそが、気候危機を深刻化させています。今後、危機が深まるなかで、誰しもが厳しい現実に目を向けなければならなくなるでしょう。」では、その解決策は?「世界中が脱炭素社会に向けて動き始め、日本も2050年までに脱炭素化を打ち出しています。そして、気候変動対策だけではなく、持続可能で公正な社会を目指すような理念としてSDGsが非常にもてはやされ、一般的に認知されました。SDGsは一見すると非常にポジティブなものとして捉えがちですが、それに対して、私は警鐘を鳴らす意味で『SDGsは大衆のアヘン』と言っています。その意図は単純で、SDGsが今のような間違った使われ方をすることで、求められている社会の大転換の必要性が見えなくなってしまうことへの危機感です。」

 彼は、SDGsが無意味だとは言っていない。SDGsを正しく認識し、その目標を達成し、社会の大転換を行わなければならないと言っているのだ。それにはどうすべきか?さらに彼はいう。

「簡単に言えば、地球上の限りある資源の中で、年率3%で無限の成長を続けようというのは全く不合理な段階に入っているのです。経済成長を否定しているのではありません。途上国などは経済成長をする必要がありますし、私たちも経済成長によって豊かになり、貧困、飢餓、病気などを乗り越えてきました。しかし、地球環境が脅かされている状況で、これまで通りの経済成長を求める必要はないと考えます。人間と自然が繁栄できるような社会に移行していくことが「脱成長」の理念です。」

 まさしく、私がかねてから主張していることだ。すなわち、先進国は一定の経済成長が達成したらならば、一旦成長を止め、発展途上国が同様の成長を遂げ、先進国にキャッチアップするまで、待っていなければならない。そのように社会は自然に動いているのである。先進国は高齢化社会となり、物価も高くなり、人手不足となり、成長はストップするのだ。そこからさらに経済成長を起動させるには、社会構造を変えるほどの新しい技術開発が必要であり、それはまた、世界のニーズに応えるものとなるはずである。つまり、カーボンニュートラルの達成や電力不足の解消や、気候変動の解決や環境破壊の防止に役立つ技術開発が、さらなる成長を促すのである。もちろんロボット技術やデジタル革命も必要である。この中で、自然と人間の共存も実現できるはずだ。

 また、これらの技術革新は、サービス部門を除いて、通常の労働から人々を解放する。その余暇の中で、人々は社会的な公平性や平等を自分たちの手で作り上げるための意識の向上を行うことができる。つまり「公共」意識の確立である。このようにして、人類は成長し、発展していくはずである。

 斎藤幸平氏はいう。「生きるために必要な住居、公共交通機関、電気、水、医療、教育、そしてインターネットを入れてもいいと思うのですが、これらは基本的に公共財産(コモン)です。市場任せにするのではなく地方自治体や国がしっかり管理して、無償あるいは廉価で提供していく方がいいと考えます。」「市場の領域を狭めていって『コモン』の領域を増やしていくことが『コモン主義』あり、これを私は『コミュニズム』と提唱しています。

 つまり、彼のいうコミュニズムは、社会資本(電気、ガス、水道、道路等々)を商品ではなく公共財として、自治体や国家が管理することを指している。もちろんこれは、戦後の日本でも普通に行われてきたことであり、むしろ現在では、より安価なサービスのために、一定の制限のもとで、民間資本の参加が求められようとしている。これは商品化というより、むしろ公共サービスの提供の合理化である。

 以上見てきたように、斎藤氏の理論は、かつてのマルクスの「資本論」のように資本主義を否定したものではなく、資本主義を人類にとってより望ましい形に整えていこうとするものであり、いわば、修正資本主義の再修正を狙ったものといえよう。
(Orchestrating a brighter world NEC 「人新世の『資本論』」著者に聞く
~ 経済成長至上主義がもたらす未来、持続可能な社会へのヒント  を参照した)
(2024/02/12)

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