宮司のブログ

こんにちは。日吉神社の宮司を務める三輪隆裕です。今回、ホームページのリニューアルに伴い、私のページを新設してもらうことになりました。若い頃から、各所に原稿を発表したり、講演を行ったりしていますので、コンテンツは沢山あります。その中から、面白そうなものを少しずつ発表していこうと思います。ご意見などございましたら、ご遠慮なくお寄せください。

多極化論の陥穽

2023年10月7日   投稿者:宮司

ウクライナ戦争で、ロシアを擁護する人々の立論の根拠となるのは、世界の多極化論である。

 米国を中心として、西欧やカナダ、オーストラリアなどの英国圏、そして日本などは、民主主義と資本主義の価値観で社会を構成しているが、他方、ロシアや中国などの権威主義と資本主義の融合した社会にも、それなりの価値観があり、世界は一つの価値観で統合されてはいけないので、発展途上国の多くはロシアや中国を支持し、米国一極支配の構造が変わろうとしている、という見方である。もちろんイランやイスラム原理主義の人々は、宗教的権威主義という別の価値観で動いているとする。

 この価値の多極化を認め合い、それぞれ棲み分けが必要であるという考え方は、一見説得力があるように見える。私なども、昔の著述、例えば本ブログ中の「大東亜共栄圏の今昔」を見ると、アジアにはアジアの価値観があり、ヨーロッパの価値観に追従してはいけない、価値の多様性を認め合わねばならない、と書いている。

 しかし、このような考え方は間違っていると、今では思うようになった。何故か?

 人間は、本来、多様な考え方をする存在であるので、互いの違いを認め合うことは、最も大切な共存の条件となる。しかし、権威主義の社会では、支配者が自ら定めたルールに従って社会を構成しようとして、それを全成員に押し付ける。つまり、権威主義の社会では、絶対に多様性の尊重という考え方は存在しない。かつての硬直した宗教や思想が、世界に広がろうとして人々を戦いに駆り立てたように、権威主義の思想は、異なる価値観の棲み分けも拒否し、隙あれば世界に増殖しようとする。 かつてナチスドイツが勢力を確立した時、英国の首相のチェンバレンがナチスに対し宥和政策を取り、ナチスの勢力伸長を許し、米国大統領のフーバーが大恐慌後に保護貿易主義をとり、世界大恐慌を拡大し、結果としてナチス第三帝国を生み出してしまったことを忘れてはならない。その後のナチスは、棲み分けどころかヨーロッパ全域に侵略の手を伸ばし、日伊と結託して、第二次世界大戦を引き起こし、人類史の特段の悲劇であるホロコーストをも引き起こしたのだ。

 権威主義の国家の人類に対する罪は、ナチスのみならず、スターリンの大粛清や毛沢東の大飢饉やポルポトの大殺戮を見れば理解できる。従って権威主義の社会構造は、決して認めてはならないものだ。

 確かに、地球上には、さまざまな文明があり、価値観も多様であるが、その価値多様性を認めないのが権威主義である以上、その権威主義と共存しようなどということは狂気の沙汰である。

 これが、多極化論の陥穽である。

 人類は、資本主義のグローバル化の完成によって、戦争によらずに、産業化によって豊かな富を得る方法を手にし、民主主義の完成により、人権の平等と、自由の享受を両立させ、また生産物の分配の効率化と公平を保証する方法に辿り着いた。残るのは、格差を是正するルールの整備と、世界的な共存の実現である。

 人類は個々に能力の差があり、経済競争においても優劣が生じ、常に格差が生ずるのは必然である。しかし一方、誰にでも平等に競争に参加するチャンスが開かれていれば、自然に富裕層は交代していく。世界の大企業上位50社の内容の変遷を見れば、それは明らかである。例えば、1989年には、世界のトップ50社に入った日本企業は32社あったが、現在では、トヨタ自動車1社のみである。個人の富裕層の交代を考えれば、相続資産課税があるので、企業よりも著しい変遷があることが容易に想像できる。

 格差の是正は、分配の平等を保証することではない。最低限満足できる生活を全ての人間に保証することであり、それは、生産力の更なる増強を図ることによってのみ達成される。また、人類の生活の営みによって生じた環境破壊を人類全体が協力して防がなければならない。これは、生産力の伸長を止めることではない。科学技術によって環境破壊を防ぎ、生産の合理化と効率化をさらに進め、生産力を上げるとともに、余暇を増加させ、人類が、近代社会の病理に陥ることを防ぐ生活を実現することに繋げていかねばならない。

このようにして、全人類が、豊かで便利な社会に住み、精神的な絆でつながり合い、人口も落ち着き、環境も安定した社会に暮らすようになれば、文明的な同一性も実現し、そのような社会で個々の趣味や伝統に基づく多様性を享受し合うような社会を作っていくことができるに違いない。21世紀をそのような社会に作り上げていくことこそが人類の目標であるべきであり、いたずらに多極化を正当化し、戦争と侵略と犯罪の時代を導いてはならない。  (2023/10/07)

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