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資本主義の変遷

資本主義の変遷

 資本主義という経済システムは、常に変遷を重ねてきた。

 近代資本主義の出発点は、レッセ・フェール、インビジブル・ハンド、夜警国家といった言葉に象徴されるように、古典経済学に基づく、野放しの自由競争であった。そこでは労働者は極めて悲惨な状況に見舞われ、好況と不況の波が繰り返されていた。

 紡績工場では児童や女子の長時間労働が行われ、労働者は使い捨ての労働力として扱われた。

 マルクスが共産党宣言を書いたのは1848年であるが、それより前、イギリスで1833年に工場法が成立した。その中で、一般労働者の12時間労働、9歳未満の労働禁止、13歳未満の児童労働は週48時間・1日最高9時間労働、18歳未満の夜業禁止、工場監督官・工場医の設置などが定められた。その後工場法は改訂を重ね、1874年には労働時間は週56時間に制限された。

 その後、1919年に採択されたILO第1号条約では1日8時間・週48時間労働を定めた。

 労働組合法は1871年イギリスで制定されたのが始まりで、労働者の団結権・団体交渉権・ストライキ権が労働三権として確立した。

 1884年にはフェビアン協会が結成され、穏健な社会主義の政治団体が模索され、それは1906年の労働党の結成に繋がった。労働党はマルクス主義派を排除した、議会主義を標榜した社会主義政党であり、資本主義の漸進的な改革を目指した。

 このように、最初の資本主義の改良は労働者の人権を認め、それを法律的に保障し、労働者の政治参加を認めるという変化、すなわち市場への経営者と労働者の平等な参加を確立しようとする変化として成立した。

 もちろん、これらの変化は、共産主義理論に触発された激しい労働運動があって、その反省の上に資本主義に改良が加えられたのであり、その改良を促した社会主義や共産主義の運動の社会的役割を評価しなければならない。

 イギリスで始まり、北欧で結実した福祉社会の国家も、同じような文脈で成立した。

 ジョン・メイナード・ケインズは1936年に『雇用、利子および貨幣の一般理論』を出版した。これは市場への政府の関与により経済成長を図る理論として、第二次世界大戦後の長期のデフレと経済の縮小均衡に苦しんでいた西側諸国の政策担当者たちによって採用された。政府は財政・金融政策を通じて市場に介入し、政府の財政投資により需要を喚起し、金融政策により景気の調整を行う術を得た。ケインズ経済学による国家経済運営の始まりである。

 ブロック経済への反省から、資本主義の先進国は、関税障壁をなくし、貿易の自由化をめざし、「多角的交渉」を実現することを目指したGATT(General Agreement on Tariffs and Trade)協定を結んだ。国連のIMF(国際通貨基金)と世界銀行の機能とともに、ドルを基軸通貨とするブレトン・ウッズ体制を作り、戦後の自由貿易を支えた。その後GATTはさらに強化され、WTOとなった。

 この段階では、資本主義経済は、より平等に、より安全に、より開放的に、成長したと言える。

 それが転換したのは次の事件である。

 1971年、米国大統領ニクソンが金・ドル交換停止を宣言した。信用の裏打ちとしての金を喪失したドルは経済の信用力による価値のみで存在することとなり、各国通貨は変動相場の荒波の中で生きることとなった。

 これ以降、自由貿易という開放経済のもとで、一国の経済は為替相場を通じて世界経済と直接的に連動するようになった。そのため、政府による財政出動や金利の変化によるマネーサプライの調整といった内政的な経済政策が、為替変動を媒介として国際市場に吸収され、しばしばその効果を無効化される状況が生じるようになった。

 たとえば、政府が景気浮揚を目的として財政支出を拡大すれば、国内金利が上昇し、外国からの資本流入によって自国通貨は上昇する。通貨高は輸出競争力を低下させ、外需の減退を通じて財政政策の効果を相殺する。同様に、金融緩和によるマネーサプライの拡大は、為替の下落を通じて輸入物価の上昇を招き、インフレ圧力の高まりをもたらす結果となる。

 このように、為替変動を媒介とした国際的な資本移動は、国家の経済主権に制約を与えることとなった。ここに現れるのが、いわゆる「国際金融のトリレンマ(impossible trinity)」である。すなわち、「為替相場の安定」、「資本移動の自由」、「金融政策の独立」という三つの目標は同時に達成することができず、いずれかを犠牲にせざるを得ないという理論的制約である。1971年以降の国際経済において、各国は資本移動の自由と変動相場制を容認する一方で、金融政策の独立性が弱まることとなった。

 1980年前後になると、アメリカのレーガン政権とイギリスのサッチャー政権は、金融制度の大規模な自由化を行なった。いわゆる新自由主義的経済政策(neoliberal economic policy)は、国家による金融・資本取引の規制を大幅に撤廃し、市場を放任する方向へと大きく舵を切った。

 ちなみに、この新自由主義の経済政策は、ケインズ理論に誤謬を発見したハイエク、ケインズ理論による経済政策が変動相場制や資本の国際移動によって無効となった事実に基づき新しい経済政策提言を行なったミルトン・フリードマンなどによって早くから示されていた。いわゆる小さな政府と規制緩和による経済政策である。

 この政策転換は、資本移動の国際的自由化を一層加速させ、実体経済に基づく生産・貿易の循環をはるかに超えた金融経済(financial economy)を形成することとなった。金融取引が拡大し、実際の財やサービスの流通を裏づけとしない「マネーの運動」そのものが経済成長を牽引するようになったのである。                  

 この時期に発達した金融派生商品(デリバティブ)やレバレッジ取引は、インターネットの発明によって取引の回転速度を飛躍的に高め、同時に経済の不安定性も増大させた。資金は実体経済の生産活動を支えるためではなく、より高い収益を求めて瞬時に国境を越えるようになり、実体経済と乖離した金融資本主義が確立した。

 こうして、1980年代以降の世界経済は、国家の枠を超えた資本の移動と、実体経済を超える金額の金融取引を可能とする新たな段階に突入した。金融経済の肥大化は、国家の経済政策を制約する力を一層強めるとともに、市場のコントロールを限りなく難しいものとした。

 資本主義経済は、より不安定に、より危険に、より開放的になった。

 実は、日本の失われた30年もここに起因している。バブル後の債務処理や少子化による労働者不足や製造拠点の海外移転などの要因もあるが、財政政策や金融政策が実体経済の中で効果を十分に表すことができなかったのは、金融経済に資本が流れたり、世界経済の影響を受けたからである。

 21世紀に入り、グローバル化の中で、金融の自由化と資本移動の国際化が益々進み、世界経済は「グローバル金融資本主義」と呼ばれる新たな段階に入った。この体制のもとで、経済の中心的機能は実体経済から金融経済へと移行し、価値の創出は労働や実物投資よりも、資本の移動そのもの、すなわちマネーゲームによって左右されるようになった。資本収益が実体経済の生産労働による収益より大きくなった。そして先進国は為替の安定を放棄して、資本の移動とインフレ抑制の金融政策を優先するようになった。

 実体経済の面では、グローバル化は世界的な経済成長を促し、貧困層の減少と中間層の拡大、そして富裕層の増加を促した。

 金融資本は、国境を超えて瞬時に移動する流動性を獲得したが、その結果、資本の集中と格差の拡大は著しく進行した。グローバル金融資本主義の中で、資本を保有する者は莫大な収益を得る一方で、労働者は賃金抑制や雇用の流動化にさらされ、所得分配の不均衡が構造化されていった。すなわち、富は金融資本に集中し、リスクは労働者と生活消費者の側に転嫁されるという構図が定着したのである。

 この過程は、経済的格差のみならず、社会的・文化的格差をも拡大させた。資本市場に直接関わることのできる人々は、情報・教育・機会においても優位に立ち、社会全体が分断化していった。

 とりわけ、金融資本主義と新自由主義的経済のもとでは、政府による所得の再分配機能が縮小され、市場の効率性を重視する理念が支配的となったため、人間の共存性(coexistency)よりも個人性(individuality)を優先する社会意識が強まった。

 グローバル化の波は、かつて国家内部で調整されていた社会的矛盾を世界的なものへと拡散させた。低賃金労働の海外移転、移民労働の増加、そして金融危機に伴う資本の急速な流出入は、各国の社会構造を不安定化させた。こうして、グローバル金融資本主義は、経済の成長を促す一方で、社会的統合を解体する力として作用するようになったのである。

 グローバル金融資本主義の下で拡大した格差と不安定化は、やがて各国において社会的亀裂を深め、政治的反動としてのポピュリズム(populism)と反グローバリズム(anti-globalism)の潮流を生み出した。金融経済の埒外に置かれた人々は、グローバル化がもたらした利益の分配から取り残され、国家や共同体による保護を再び求めるようになった。

 ポピュリズムは、一般に「エリート対大衆」という二項対立の構図を強調し、既存の政治体制や国際秩序に対する不信を表出する運動として現れる。

 グローバル化がもたらした「流動性の時代」において、人々は自らの属する社会が解体され、国家が消滅する不安感を抱き、ナショナルな枠組みへの回帰を目指す。

 このような反動は、アメリカにおけるトランプ現象、イギリスのEU離脱(Brexit)、欧州諸国の極右政党の台頭などとして具体化した。これらはいずれも、グローバル資本主義に対する大衆の拒否の現れであり、国家主権の回復と国民的統合の再構築を訴えるものである。しかし、その正体はしばしば排外主義や虚偽情報に依拠し、民主主義の制度的基盤を揺るがす性質を帯びている。実体経済の堅実な成長無くして、生活資源の豊富化と格差の是正は成し難い。あるいは所得の再分配機能の拡大無くして格差の是正は成し難い。しかしポピュリズムの指導者が、このような正しい政治を行うことは極めて期待し難い。なお、米国左派ポピュリストのバーニー・サンダースは、国内企業の製造拠点の海外移転に反対し、資本の国際化を容認する自由貿易に反対している。この意味では、彼も反グローバリズムの立場であるといえよう。

 ここに見られるのは、経済構造の変容が社会意識を再編し、政治形態を変質させる過程である。グローバル化が進展するほど、個人の生活は国際的な資本の運動に左右され、国家による政治の再分配機能は縮小する。その中で、失われた「社会的共存の枠組み」を回復しようとする欲求が、ポピュリズムという形をとって噴出するのである。

 したがって、ポピュリズムの台頭は単なる政治現象ではなく、グローバル資本主義体制がもたらした社会的矛盾の反映であり、近代以降の「個人性」と「共存性」の均衡が崩壊し、個人性が突出していることを示している。反グローバリズムは、失われた共同性を回復しようとする衝動であると同時に、それを国家や民族の結束という形でしか表出できないという現代社会の限界を示している。

 資本主義経済は一層不安定で、一層危険で、その破局は人類の運命を左右するほどとなった。

 しかしここにきて、新しい傾向が現れてきた。直近の選挙で、ニューヨーク市の市長に、民主社会主義者を自称するゾーラン・マムダニ氏が選ばれた。彼は、アフォーダビリティ(手の届く生活コスト)政策を主要政策として掲げている。生活消費者の支援と救済を目的としているのだ。しかも経済成長をも同時に考えるという。それは、社会の共存性と個人性のバランスの調整を意味している。

 もちろん、単一の都市選挙の結果だけで世界的潮流を予測することはできない。しかし、この動きは、都市住民が、再分配と生活保障を重視する政治へと回帰している兆候として考えられる。

 このような選挙結果が相次げば、所得格差是正の動きが始まり、米国で失われようとした民主主義が復活し、さらにグローバルな金融資本主義に規制が加えられ、実体経済が確実に成長し、人間の社会的共存の道が開かれるのではないか? 世界経済を主導する米国において、経済の安定と安全のための新たな変化が資本主義に加えられるのであれば、人類の壊滅的な危機は免れるのではないか?

 実際、今必要なのは、反グローバリズムの動きではなく、実体経済の中で明らかになってきた富裕層と大衆との所得格差を是正し、大衆を経済社会からドロップアウトしないように支えていくことではないか?そうしなければ、経済社会の中で消費者の力が落ち、経済流通そのものが減退する危険が生じてしまう。ビリオネアと呼ばれる超富裕層の人々も一部の人たちは既にそれに気付き、莫大な課税負担に応じようとしている。

 経済社会を成り立たせているのは、健全な労働者と健全な消費者の存在である。政治家や経営者はそれを前提として経済成長を図っているに過ぎない。そして、今、危機に瀕しているのは健全な消費者である。

 ここで私が「共存性」と呼ぶのは、人権、コミュニティ・福祉制度などに象徴される相互扶助社会への志向であり、「個人性」とは市場・能力・競争・自由移動といった個人主体性への志向である。資本主義の変遷とは、この二つの均衡点が歴史のなかで動く過程と捉えることができる。     (2025/11/16)

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