金融経済の課題
世界の経済が常に拡大し続けることができるのは、経済規模の拡大に対応して、流通の手段となる貨幣を無制限に増加させることができるからである。すなわち1971年のニクソンによる金・ドル交換の停止以降、世界の通貨は相互の信用に基づいて運用されていて、通貨を無制限に増やすことができる。現在、金兌換紙幣はどこにも存在しない。IMFは各国の中央銀行の協力を得て、どの通貨も破綻しないように常に目を光らせている。
近年では、信用通貨の新しい形態として、国家に頼らず、デジタル化されたネットワークによりその保有者が互いに信用を保障し合う仮想通貨が出現し、投機の対象ともなっているのは、このように信用の力のみによって貨幣価値が保たれている現状を逆手に取った動きである。
サッチャーとレーガンが、金融経済の自由化に踏み切り、株式や債券や商品先物の売買を全面的に自由化し、巨大な投機市場を作り、さらにFX(外国為替証拠金取引)という通貨を対象とする投機市場をも作り出した。それがIT革命によるデジタル化とグローバル化により、パソコン一つ、いや今ではスマホひとつあれば、誰しも簡単に参入できる巨大な投機市場に成長し、実体経済の規模を遥かに超える大きさの金融経済が出現した。
富裕な世界中の諸個人、諸法人は、24時間、常に株式市場やFX相場にアクセスできるので、その規模はますます拡大している。さながら経済の博打場である。特にFXには、為替差益とスワップ差益があり、元手の25倍の証拠金取引ができるので、勝ち続ければ一夜にして億万長者になることも夢ではない。もちろんあっという間に全財産を失うこともある。限り無く博打場に近い。
もとより、この金融経済は、実体経済と違って、目に見える形の生産物を作り出さず、単なる投機市場となっているので、世界のGDPの拡大には何の関係もない。
この金融経済を流れる貨幣が実体経済の動きをさまざまに歪めている。そのため各国の実体経済の市場に対して、それぞれの国の中央銀行や政府が繰り出す市場操作がうまく機能していない。
例えば、バブル崩壊後の日本の実体経済に対し、日本政府が金融を緩和し、市場に豊かな資金を提供した。しかしその資金が実体経済に向かわず、金融市場に使用されるのであれば、経済成長や労働者の賃金上昇には繋がってこない。そのようにして、「失われた30年」と名付けられた経済停滞が生まれた。株式や為替に変動があっても、景気に反映されないのは、これが大きな理由であった。もちろんその他にも新技術の開発の遅れとか、円高による工場の海外移転とか、労働組合の不活性化といった実体経済の問題も存在していた。
また、国債価値の暴落や極端な為替の変動により、一国の経済を破綻させるような動きが現れたり、一夜にして巨大な超国籍企業の価値を上下させるような株式の変動が現れたりするのは、このような金融経済の肥大化の所為である。
本来、為替や商品先物市場や株式市場は、実体経済の物理的な取引リスクの軽減や、資金調達の手段の多様化と簡易化のために開発されたのであり、実体経済を毀損するためのものではない。
しかし、グローバル化の今日、そのような毀損の傾向はますます強くなり、実体経済を歪めている。これからは、各国が協議しあって、もう一度金融経済をどのように管理するかを、十分に話し合って国際的な規則を作り、この投機市場を制限していくことが必要であろう。
この金融経済の巨大化は、グローバル化によって成り立っているが、これまで指摘したように実体経済の健全な成長を阻害するリスクがある。その結果、実体経済の中で懸命に働いても賃金に反映しない人々は、一方で金融経済の投機により簡単に富裕層になる人々を横目に見て、グローバル化は自分達に不都合で、貧富の差を広げるものだと誤解し、反グローバルの運動を始めるだろう。
それは結果として、グローバル化による移民の増加が生み出す文化摩擦への危機感と共に、反グローバルのポピュリズムを生み出していく。現在の世界に漂う反グローバルの意識は、概ねこのような経緯で生まれている。(2024/05/17)