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反近代と反グローバルの流れ

反近代と反グローバルの流れ

 19世紀は産業革命以降の著しい工業化の過程の中で、近代化が急速に進んだ時期であった。


20世紀に入ると、急激な近代化に対し反近代の動きが出現した。前近代社会に特徴的であった自然共同体(基礎共同体)である家族や村が都市化の過程の中で崩壊していくので、それは、共同体へのノスタルジアとして現れた。

 最初に出現したのは、社会主義や共産主義といういかにも進歩的な衣装を纏った反近代の動きであった。労働者と農民のみによって構成される階級対立のない社会という主張であったが、実際に実現したのは、共産党員となった知識人たちが官僚となって社会を強権的に管理する社会であり、情実と賄賂が幅を利かす社会でもあった。

 一方、国民は理想社会の名の下に共同体という地域社会に閉じ込められ、あるいは工場共同体や農場共同体といった官製の共同体のなかで過ごすこととなった。個人意識は封じ込められ、全体のために個々が奉仕するという理想像が押し付けられた。

 数十年ののちにこういった社会は綻びが目立ち始め、「改革開放」路線への変化を余儀なくされた。かくして共産主義の社会は滅び去った。

 次に現れたのは、国家社会主義という一見進歩的な、その実、全体主義という独裁国家を生み出していく共同体主義であった。ドイツや日本やイタリア、あるいはスペインはこういった共同体国家となった。

 もちろん、上述の共同体は、基礎共同体とは似て非ざる擬似共同体であり、それゆえに、第二次世界大戦とそれに続く冷戦が終結するとともに終わっていった。

 冷戦後、1960年代の学生たちの反乱や米国のヒッピー運動も、共同体へのノスタルジアに基づいて始まった。そして終焉した。

 近代化はこのようにして、反近代のいくつかの大きなうねりを乗り越えて進んでいった。20世紀のデジタル社会の出現とともに、近代社会は現代社会となり、グローバル化の時代に入った。

 初期の近代化がスムースに進んだように、初期のグローバル化は順調に進み、特に中国の発展が目覚ましく、世界経済を底上げし、グローバルサプライチェーンが完成した。

 しかし、21世紀も四半世紀が過ぎようとするとき、反グローバルの動きが出現した。それは、今回は、共同体ではなく、失われゆく主権国家(国民国家)へのノスタルジアとして始まった。

 それゆえのトランプであり、「Make America Great Again」なのである。先進国では、一様に民主主義への不信が生まれ、強い国家への志向が始まった。

 もちろん、グローバル化をさらに推し進めないと、貧困の撲滅や環境破壊の修復はできそうにない。人口減少の流れを加速し、人類が存続できる状況を作るにはグローバル化は欠かせない。
 おそらく、反近代の流れが一応の終焉を見るのに、50年要したことを考えると、現在の反グローバルの流れも、30〜50年かかって、本来の流れにもどるのではないか? その間に人類が自滅するようなことがあれば、それで終わりである。人類が自ら生き延びる知恵を持っていることを祈るばかりである。(2024/07/28)

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