トランプ政権が破壊するもの

トランプ政権が破壊するもの

 トランプ政権による世界の破壊については、屡々述べてきた。最近の日本のSNSのコメントを見ていると、その破壊の方向に乗せられてしまって、賛同しているようなものが多い。注意を促したい。

 トランプ政権が破壊している最も大切なものは何か?NATOでもなく、西側の同盟でもなく、米国でもなく、民主主義でもない。もちろんそれらも破壊されているが、最も大切なもの、それは言うまでもなく世界経済のサプライチェーンである。

 グローバル化に伴う世界経済の一体化とサプライチェーンの確立は、21世紀の初頭になってようやく姿を現した。それは人類に何をもたらしたか?世界経済の著しい発展と国家の消滅による人類の一体化の準備である。

 グローバル化を批判する人々の多くは、貧富の格差の拡大や世界的なテック企業の支配を指摘する。しかし、統計を見れば明らかなようにこれは決定的に間違っている。

 すでに、自著「グローバル化と現代社会」で資料を示して詳しく述べたように、世界の極貧人口は1996年にピークに達し、それ以降世界経済サプライチェーンの確立により劇的に減少し出した。それは2018年に7億8千万人、世界人口の10.3%に下落したが、それ以降は少し増えている。これは、サプライチェーンの一部の崩壊によるものだ。言うまでもなく、トランプやプーチンといった時代の流れを理解できない政治指導者のせいだ。

 世界経済の一体化により、富裕層も多くなった。しかし、それ以上に分厚い中間層が出現した。特に東アジア、中国において顕著である。いわゆる、BRICSやグローバルサウスといった国々が経済発展を遂げたからである。

 そうなると、一方では、先に経済発展を終えている先進国では余程の社会の合理化や先端技術の応用がない限り、国民は相対的に貧乏になったと感じるようになる。実際は、世界が究極的に経済成長を遂げていけば、世界中の人々が同程度の生活となるはずで、それこそが国連や知性的な人々が理想として求めてきたもののはずであるが、一般大衆はそれがわからない。そこで、トランプのような人物が現れて、ポピュリズムを扇動して政治指導者となり、サプライチェーンを壊し、気候変動の防止や男女平等やLGBTの人権尊重のような人類的な課題への取り組みを廃止しようとする。

 つまり反グローバルの流れを作ろうとするのであり、それは世界的な広がりを見せようとしている。自分たちに良かれと思いながら、人類全体の滅亡のために熱心に取り組んでいるのだが、それを人々が自覚できないのが現状である。

 例えば、トランプは、関税を手段として、米国の貿易赤字を削減し、国内産業を復興させ、米国の繁栄を実現しようとする。素人が考えてもこれは不可能である。

 日本もそうだが、米国民の日常生活物資は、ほとんど輸入に頼っている。その方がコストが安く、質も安定しているからだ。昔の日本の家電製品と同じである。もしこれを米国で作るのであれば、労働賃金が高いので、恐ろしく高いものしかできない。それを無理やり達成するために、高額の関税をかけて、輸入品より国内産品を米国民に買わせようとする。米国は広大な領土に3億5千万の国民を抱える大国であり、技術力もあるから、時間をかければ自給自足は可能である。しかし、これは経済鎖国であり、日本の江戸時代と同じである。外国からの輸入品を排除するという経済鎖国を行えば、他国は対抗措置をとるので、米国の生産品は輸出が不可能となる。つまり、米国は世界経済から外れた孤児となる。その他の国々は、米国市場を諦める代わりに、世界のサプライチェーンを米国抜きで作り、経済発展を志向するであろう。

 世界の全ての国々が、それぞれの国内で自給自足を目指せば、保護貿易の世界となり、全ての国家で経済成長が止まり、人類の貧困層は爆増する。

 このようなことが起きないように、第二次世界大戦後の世界は、WTOとIMFによりGATT体制を構築し、自由貿易と資本の国境を越えた移転を可能にし、最後には世界的なサプライチェーンを作り上げ、世界経済の爆発的な成長を成し遂げた。その中核となったのが米国であり、米ドルであったはずだが、トランプ政権はそれを一挙に破壊しようとしている。

 自由貿易体制といっても、全く関税がないわけではない。例えば日本では、国内産業の保護のために米や小麦のような農産物に少額の関税をかけている。これらは、輸出入国相互の話し合いによって低水準に保たれてきた。それが現実である。保守思想の持ち主が良く食糧自給率100%を唱えるが、達成できないわけがここにある。対米国では、農産物や原動機や肉類などを輸入する代わりに自動車やその部品、建設機械などを米国に輸出している。

 トランプ政権は、自国の特定の国に対する貿易赤字をその国からの輸入額でわり、その2分の1をその国の関税として算定し、対抗措置という名目で全世界の国々に関税をかけた。これまでは2国間の話し合いで決着したものを貿易赤字の一掃のために一方的に身勝手に押し付けたのだ。

 そして、このサプライチェーンの破壊は、世界経済の伸長とともに具現化し出した国境を越えた人類の協力と共存の体勢に水を浴びせ、世界を国家対立の時代に引き戻す結果を伴っている。

 グローバル化によって軽くなった国家のプレゼンスが重くなり、人々は国家に依拠して身の安全を図ろうとする。地政学がもてはやされ、国防力と国力の増強が叫ばれ、日本でも核武装の声が高まっているが、このまま多くの国々が核武装を行えば、世界の核管理は行き詰まり、人類は破滅の道を歩むことになるであろう。歴史を思い出さなければならない。第二次世界大戦前に、日本国内で如何に対英米開戦論が支配的であったか。現在は、軍備増強・核武装論が主流となろうとしている。気をつけねばならない。

 トランプ政権や反グローバルのうねりは、人類がやっとたどりついた世界レベルの思いやりと助け合いの精神を木っ端微塵に打ち砕き、相互不信と国家角逐の時代を作り出そうとしている。

 しかし、明晰な人々は、すでに各所で声を上げ、もう一度、信頼と協力の人類世界を作る必要性を説き始めている。トランプ政権も二年後の中間選挙で否定されるかもしれない。

 願わくは、1日も早く、この反グローバルの流れが収束し、人々の意識が高まり、権威主義国家が姿を消し、世界のサプライチェーンが復活し、民主的で自由で平等な世界が到来し、主権国家の消滅に向かってほしい。(2925/04/03)
 

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