トランプの経済政策の矛盾点

トランプの経済政策の矛盾点

 第一に、国内の製造業の復活を夢見ている点を考えてみる。彼は、貿易赤字を解消するために国内に製造業を戻し、尚且つ貿易することを考えている。しかし、貿易をするならば、経済合理性に基づいて、米国民は安い輸入品を購入する。それを妨げるために関税を課して、輸入品を国産品より高く設定しようとする。貿易赤字を輸入額で割ってその半分を目安として関税率を定めるといういい加減な関税を設定した。

 国内に製造業を復活させるには、工場の設置や労働者の育成のために、少なくとも10〜20年の年月が必要である。その間、このような関税をかけ続けることはできない。関税政策を発表した途端、米国経済の信用の失墜によるトリプル安、すなわち株価、米国債、ドルの下落が同時に発生し、慌てて90日間の延期を決めた。

 関税をかけ続けることができなければ、自由貿易には手をつけずに、補助金や産業政策を通じて国内製造業の回帰を図るより手はない。実はこれが最も合理的な政策である。トランプは関税をかけずに、国内に残したい産業の保護育成に手をつけるべきであった。日本の農業保護と同じだ。

 そうではなく、あらゆる製造業に輸出競争力を付けようとするならば、それは、国内の労働者の生活程度を落とし、中国やベトナム並みの国民所得になるようにする以外にない。方法は二つ、一つは労働者階層をかつての奴隷労働のように法外な低賃金で働かせること、これは人権無視の政策であり、選挙で地位を得たものとしては採用することはできない。次に考えられるのは米国在住者のすべての生活程度を今の10分の1から20分の1程度に落とすこと、こうすればドルは基軸通貨から自動的に外れ、米国債も売り払われ、国債償還のために財政赤字となることもない。しかし、そんなことを米国民が許すはずがない。

 残された道は、経済鎖国である。幸い米国は充分な領土と国民を有している。自国内のみで経済を循環させれば、問題は解決する。ドルは基軸通貨から外れ、外国が資産として保有する米国債はすべて売却される。世界は米国抜きのサプライチェーンを構築して、繁栄を謳歌するであろう。そして富裕層は米国から世界への脱出を図るのではないか。

 私は、共産主義時代の東ドイツを訪問したことがある。当時の東ドイツマルクは紙屑であった。西ドイツでは、1マルク1円で売られていたが、東ドイツへ入国するとその1マルクが100円に跳ね上がった。経済鎖国とはそういうものだ。

 ここで、現在の米国経済の実態を見てみる。現在の米国のGDPは27兆ドル、世界全体の3割を占めている。その内訳は、サービスが17兆ドルで60%を占めている。ここでいうサービスとは非製造業、GoogleやMETAなどのデジタルTEC企業が作り出すサービスである。このデジタル企業の米国GDPに占める割合は、年々増加しており、これと反対に農業や工業などの製造業の占める割合は年々減っている。実はトランプはこの財の貿易のみを取り上げて、その貿易赤字を問題にしている。サービス貿易の収支は黒字であり、年々増額している。以下に米国GDPの内訳と貿易収支の内訳を示す。

要するに、トランプは、自分の票を出してくれた白人低所得労働者層に媚を売って製造業の復活を図っている。しかし、それは米国の基軸通貨としての地位を奪い、米国債の信用を失墜させることに繋がり、市場の抵抗を受けている。

 実はこれは、米国が、最先端のデジタル社会に変貌したことに起因している。もはや米国は製造業が成り立つ社会ではない。社会のデジタル化に伴い、製造は発展途上国に任せ、デジタルサービスを世界に提供することで、世界の富を集め、世界経済の牽引車となっていく存在に変貌してしまっている。白人低所得層の働く場所は、人的なサービス、例えば介護とか店舗とか食堂といった仕事以外にはない。ところが伝統的に白人労働者層はそういったサービス業を好まない。これらは主に黒人や移民に受け持たせている。

 そうすると、残された解決策は、ベーシックインカムで彼らを支えることだ。製造業はたとえ回帰するとしても、発展途上国と競り合うためには、多くの製造過程をロボットに任せ、合理化する以外に道はない。白人低所得層の働く場所はない。

 つまり、政府が所得保障をして、これらの人々の生活の面倒を見ることが米国が生き残る唯一の道である。つまり、ベーシックインカムで底辺の白人労働者層の生活を保障するのだ。

 そうすれば、低所得の人々も、デジタル社会の消費者として経済循環に参加することができる。ここで大切なのは、彼らを切り捨てる選択肢はないということだ。切り捨ててしまえば、健全な消費者が市場から退場してしまう。それでは、経済循環が成立しない。所得保障の原資は巨大TEC企業が作り出すデジタルサービスで得る利益から税金で出して貰えば良い。これは貧富の差の解消にもつながる。

 米国は基軸通貨国であるから、貿易のツールとしての米ドルを発行する。世界の米国以外の国々は米国債を貯蓄の形として購入する。米国債の金利償還はそのための米国債を発行すれば良い。米国債を無限に発行しても、それは諸国の貯蓄の形として安定的に購入されるとともに、米国は決して潰してはならない特別な国となる。それこそが基軸通貨国の特権である。米国は、貿易赤字を無限に増殖させることができる。それが米国以外の諸国の黒字分となり、米国債となって米国に還流する。信用通貨としての米ドルの役割がここにある。

 トランプは、一つの企業として米国を見て、その双子の赤字、財政赤字、貿易赤字を黒字化しようとしている。しかし、米国は、基軸通貨国であって、世界経済全体を支えている。よって世界経済が成長すれば、その分の米ドルを印刷する。一方では、その米ドルを吸収し、米ドルの信用を保つために米国債を発行し、それが世界の他の国々の貯蓄となって安定的に世界経済を循環させているのだ。世界経済を循環させるために、世界中が米国を支える構図がここにある。

 このような軍事面でも経済面でも世界を支えることができる国の通貨があってこそ、世界経済の無限の伸長に対応する貿易ツールとしての信用貨幣を生み出すことができる。

 トランプの政策は、その米国の役割を破壊してしまった。問題が起きるのは自明の理である。(2025/04/28)

 

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