宮司のブログ

こんにちは。日吉神社の宮司を務める三輪隆裕です。今回、ホームページのリニューアルに伴い、私のページを新設してもらうことになりました。若い頃から、各所に原稿を発表したり、講演を行ったりしていますので、コンテンツは沢山あります。その中から、面白そうなものを少しずつ発表していこうと思います。ご意見などございましたら、ご遠慮なくお寄せください。

国家の時代とグローバル化

2020年12月23日   投稿者:宮司


 近代化以前にも、国家はあった。しかし、ヨーロッパ中世の国境は、支配者である国王や貴族の支配の領域を定めるものであり、一般の人々の社会的な環境は、どの身分に属するかということにより、より大きく規定されていた。

つまり、国境が変わっても、身分は基本的に不変であって、それがそれぞれの社会的な位置を定めていた。近代化の胎動が始まると、身分が流動化し、また、新身分ともいうべき市民層が都会に生まれ、身分制社会が複雑化した。

 この様な動きの中で、身分に関係なく人間は平等であるとする啓蒙思想が生まれ、欧州全域に広がっていったのは、人々がいかに身分制の打破を望んでいたかを示している。実質的には身分の差が存在していたにも関わらず、理念としてはすべての人々が社会の成員として契約により、政府、すなわち国家を成立させるという意識が広がった。

 この様な意識変革の中で、国家は身分を超えて、その国家に居住するすべての人々の意志と責任において実在するという考えが歴史上初めて生まれた。これが近代の国民国家、そして主権国家の成立を促したのである。

 前近代の国家は、支配者のものであり、戦争は支配者に直属する軍隊によるものであった。しかし、近代以降、国家は国民全体の国家となり、戦争も次第にすべての国民を巻き込む総力戦となっていった。

 近代化の始まりの頃は、議会も身分ごとに設定され、その上に国王が君臨していたが、それは、市民革命を通じてより平準化され、共和制、もしくは権威としての国王をいただく議会政治に変わっていった。

 国民全体の意志で国家が成立するということは、文化を同じくする人々、すなわち一つの民族が一つの国家を持つべきであるとする思想を生んだ。その思想は民族自決主義となり、前近代の社会が支配的であった植民地の人々にも影響を与えた。そして19世紀から20世紀にかけて、植民地解放戦争や独立運動を通して、先進国の植民地から様々な国家が生まれた。このようにして国家の時代が到来した。

 社会主義や共産主義の思想は労働者による世界革命を志向したが、やはり地域的に限定された国民国家としてのみ、現実化された。共産主義思想により民族を超えて一つの国家をつくるという試みもなされたが、強力な独裁政権の崩壊とともに、民族ごとに国家が分裂するということになった。旧ソ連邦やユーゴスラビアがそうである。中国もチベットやウイグルがいずれは独立していくと考えて良い。但し現在は、グローバル化が進み、国家の時代が終わりつつあるので、民族自決を通り越して、地球共同体の一地域となっていくことも考えられる。

 啓蒙思想に始まる個人の社会契約による社会秩序は、あくまでも国民国家を前提として、実現したのである。そして、国家の時代が、冷戦の終結とともに終わると、20世紀末より情報化社会の到来によるグローバル化が始まり、国家の意味が希薄となった。

 個人意識の基礎であった国家という枠組みを喪失した多くの人々は、漂流し、グローバル化に伴う諸問題の解決を求めて、ポピュリズムに基づく国家主義にもどろうとした。それに対し、グローバル化が人類社会の経済的な発展にとって不可欠であると考える人々は、グローバル化をさらに進めて、物質的に豊かな社会を地球規模で実現しようとする。21世紀は、その様にして始まった。

 おそらく、個人意識は、国民国家の代わりに、地球共同体ともいうべき、世界連邦を基礎として成立するという方向に進むと思われるが、それにはまだまだ多くの曲折を経なければなるまい。   (2020/12/23)

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