宮司のブログ

こんにちは。日吉神社の宮司を務める三輪隆裕です。今回、ホームページのリニューアルに伴い、私のページを新設してもらうことになりました。若い頃から、各所に原稿を発表したり、講演を行ったりしていますので、コンテンツは沢山あります。その中から、面白そうなものを少しずつ発表していこうと思います。ご意見などございましたら、ご遠慮なくお寄せください。

グローバリズムはどこへ向かうか?

2020年11月23日   投稿者:宮司

 地球温暖化の進展を防ぐために、様々な規制が各国で行われている。中国では、NEV規制が2021年度から実施される。NEV(New Energy Vehicle)とは、BEV(電気自動車)、PHEV(プラグインハイブリッド車)、FCV(燃料電池車)のことだ。NEV規制は、中国国内で自動車を3万台以上生産、または輸入する企業に対し、ある比率以上のNEVの販売台数を義務化するものだ。

 この事実は、主要な自動車メーカーに、NEVの技術を、中国国内に集積させる結果を生み出そうとしている。

 2020年11月21日の日本経済新聞朝刊のトップ記事は、テスラ(米国のEV自動車メーカー)、BMW(ドイツの自動車メーカー)が2021年始めには、中国から欧州にEV(電気自動車)の輸出を開始する見込みであると伝えている。この他、ルノー・日産グループや中国独自の自動車メーカーもEVを中国から輸出する予定であるという。トヨタは以前より中国市場で販売する自動車を中国で生産するための工場を多数持っているが、それをさらに強化するためにEV、そしてその動力源となるリチウムイオン電池の生産設備を急ピッチで整備している。

 一方、中国の経済力と軍事力の一層の充実を危惧する欧米諸国や日本は、中国に対し、今後、デカップリング、すなわちグローバルなサプライチェーンから中国を外すことにより、中国経済を弱体化させようとしている。

 すでにアップルは、IPhoneの生産拠点の20%を中国からインドへ移している。しかし、相変わらず、中国は、アップルにとって、巨大な市場であり、生産拠点であり続けている。日本は、自国企業のサプライチェーンを中国から日本へ戻すために2020年に2,200億円の補助金を予算計上した。米国においてもこのような試みが行われるであろう。

 しかし、本当に、グローバルなサプライチェーンを寸断し、それぞれの国内に回帰させることができるのであろうか?

 人類史を紐解いてみよう。発生当初から、人類の最大の課題は、食料の調達であった。栽培と牧畜の発明は、第一次産業革命ともいうべき食料事情の変革を促し、人類は地球上に1億人程度存在するようになった。

 その後、18世紀の産業革命に至るまで、人類の個体数は微増であり続けた。産業革命直前の個体数は3億人程度であり、これは、いかに食料をはじめとする生活物資の十分な生産が難しかったかを示している。

 産業革命以前、すなわち前近代の人類は、それら生活物資の十分な調達をはかるために、二つのことを行った。それは交易と戦争である。交易、すなわち商業は、物を価値の安いところで仕入れ、それを移動し、価値の高いところで売ることにより利益を得ることであるが、生産技術と組み合わせることにより、様々な種類の職業を生み出した。そして、交易がうまく機能しないときは、戦争によって、すなわち略奪によって需要を満たした。戦争に勝利するためには、国力をつけなければならない。そこで、国家の巨大化と社会の階層化が始まった。移動手段は限られていたので、地域により、歴史と文化の差異が生まれ、多くの民族が誕生し、その興亡が歴史を彩った。

 産業革命は社会の近代化を促し、それは、技術革新によって豊富に生活物資を獲得する道を人類にもたらした。18世紀以降の300年間に人類の個体数は70億人を突破した。

 生産技術のみならず、交通、情報技術の発達は、地球社会を実現させ、分業の発達は、世界中にサプライチェーンを広げ、経済的に結びついた人類は戦争をやめ、グローバル社会の進展をはかることによって、より豊富で安全な物質的繁栄を享受するようになった。

 もちろん軍事技術も発達したので、人類は20世紀前半に二つの世界大戦を経験し、民族主義に基づく国民国家の形成は国家間の厳しい対立を生み、その最大のものが米ソ冷戦であった。しかし冷戦終了後の技術革新によるグローバル化の進展は、諸国家が国家主義を捨ててグローバルに結びつくことにより、合理的で安価で莫大な生活物資の生産と消費が可能であることを人類に気づかせ、人類は大規模な戦争を回避するようになった。

 しかし一方、グローバル化に伴う移動手段の発達と、発展途上国における近代化途中の地域での権力の確執による内戦やテロの激化は多くの難民の流出や移民を促し、それを受け入れた先進国社会に深刻な文化摩擦を生み、既存の国民と難民や移民との大きな経済格差は犯罪やテロの増加を生み、グローバリズムへの不信を導いた。

 また、経済政策で新自由主義を推進し、サプライチェーンのグローバル化を行なった国々では、中産階級が没落し、貧困層に転落した人々はグローバリズムに反対するようになった。

 このような背景の中で、イギリスのEU脱退、トランプの米国一国主義、EU諸国の極右政党の進出、日本の右傾化などが進んだのである。

 さて、それでは、グローバリズムは終焉し、国家主義の世界が戻ってくるのであろうか。おそらく、そうはなるまい。

 中国は、経済的には、世界のサプライチェーンの中にあってこそ経済成長が可能である。もちろん内需主導の政策に転換すれば、一国経済が可能な市場と国民が存在するが、そのようにすれば、いずれは近代化された国民の中から民主化の要求が高まり、共産党は窮地に追い込まれよう。またその転換には膨大な投資が必要であり、海外資本の流出も覚悟しなけらばならない。

 同日の日本経済新聞に、「習氏TPP参加に意欲」という見出しが二段目にあるように、自由貿易こそが、中国や日本の生命線である。したがって、一時的にデカップリングが志向されようとも、これは中国の一国主義ともいうべき覇権国家志向を断念させるための手段であると考えて良い。そのような枠組みで、新冷戦は考えられるべきだ。

 グローバリズムによるサプライチェーンの広がりは、人類全ての生活程度の向上と安定には不可欠であり、文化摩擦の解消、貧困層の救済、覇権国家志向の排除などの諸問題は、民主主義と資本主義によって立つ国々が協調して、地球規模の政策課題として取り組むことによって解決されなければならない問題である。

 また、グローバル化とは、画一化ではない。それは、人間が個々に異なるように、地域や集団もそれぞれの個性を持っているからだ。文化や宗教、民族も同様である。そういった違いを維持しながら、人間は互いに自由で平等な社会を実現することに努力してきた。すなわち自由であることを保証すれば、違いが際立つ。しかし平等を求めようとすれば、ある程度の負担や規制を受け入れなければならない。その両立を時間の推移の中で実現しようとしてきたのである。国家主義はいわば個性の認め合い、自由の追求であり、グローバル化は市場における平等の追求に例えることができる。この両立を模索することが必要なのだ。EUやアメリカ合衆国のシステムがヒントを与えてくれる。中国も、多民族国家であるので、同様の連邦制が望ましい。もちろんその前提として共産党が解体し、政治が民主化されることが必要である。

 近代化とグローバル化の中で、人間の情報量は豊かとなり、誰もがそれにアクセスできるような社会が実現しようとしている。その中では、これまで文化の差を生み出してきた生活のスタイルも近似し、人々が希望する豊かで平和な社会のイメージも同じようなものとなる。その意味で、それは、自由と平等の両立、グローバル化と国家主義の両立を促しているということができる。そして、個々人の社会意識が発達し、このような世界が可能となるように、人類は進歩していかなければならない。

(2020/11/23)

世界-中国論-経済