宮司のブログ

こんにちは。日吉神社の宮司を務める三輪隆裕です。今回、ホームページのリニューアルに伴い、私のページを新設してもらうことになりました。若い頃から、各所に原稿を発表したり、講演を行ったりしていますので、コンテンツは沢山あります。その中から、面白そうなものを少しずつ発表していこうと思います。ご意見などございましたら、ご遠慮なくお寄せください。

米中新冷戦の構造

2020年8月16日   投稿者:宮司


 7月23日、カリフォルニア州のリチャード・ニクソン図書館の前で行われたマイク・ポンペオ米国国務長官の演説は、歴史に残るであろう。

 米中国交樹立以来の米国の対中政策の歴史的な転換を明示するだけではなく、自由と民主主義の価値を共有する国家群と、中国という、権威主義(全体主義)の国家の全面的な対決を示唆するものであったからである。

 トランプ政権は、当初から米中の貿易不均衡を問題として、貿易戦争の体をなす交渉を繰り広げてきたが、この演説の内容は、それとは一線を画すものだ。貿易不均衡や知的財産の簒奪や国家の企業体への介入の問題などは、ディール(取引)の範囲で解決され得るもので、中国も、これらの点ではいくつかの譲歩を行い、経済的利害の調整を試みようとしていた。

 しかし、新型コロナウイルスの猛威が米国を襲う中で、中国は、その発生源でありながらいち早くその感染を抑止し、南シナ海や尖閣、中印国境紛争などで、領土的な野心をむき出しにし、ウイグルやチベットで少数民族の人権を無視した民族浄化政策を強行し、一帯一路と称して発展途上国の開発援助を行うと見せかけながら経済的にその国を取り込むという新植民地主義的な手法で覇権を伸張させ、最後には香港国家安全維持法という悪法で一国二制度を崩壊させ、中国民主化の芽を摘み取った行為が決定打となって、米国の対中政策の歴史的な転換を生じさせたのだ。

 米国は、この香港国家安全維持法に対し、香港自治法を上下両院で可決し、中国をグローバル経済圏から締め出す準備を整えた。具体的に中国の銀行の米ドル決済権を消滅させるところまでは行なっていないが、いつでもそれが可能となっている。

 米国の下院は、民主党が過半数であり、これは、共和党、民主党という党派を超えた米国の一致した政策転換であるとして良い。

 中国は米国という虎の尾を踏んだように見える。おそらく、米国も中国と同様に国家の利益最優先で動く国であると錯覚したのだ。

 これは米中の覇権争いではない。

 米国には、建国以来、一貫して、自由と民主主義という理念があり、それは人権尊重という理念を絶対化する。歴史上、市民革命という啓蒙思想に立脚した事件は、フランス革命と米国の独立戦争を嚆矢とする。したがって、米国は自由と民主主義を抑圧する体制を決して許さない。これは建国の理念である。第一次大戦も、第二次大戦も、米ソ冷戦も全てこれが根底にあった。ニクソン以来、対中国政策として関与政策という中国国民が自国を民主化するまで、経済発展を応援して見守るということを続けてきたのも、その理念によるものだ。

 しかし、ここにきて、中国が自主的に民主化する可能性がなくなり、逆にグローバル経済圏に参入したことにより低廉な労働力で、世界第二の経済力を持つ国家となり、その経済力を軍備拡張やIT技術の開発に国家主導でつぎ込み、世界覇権を志向するという現状を目の当たりにして、政策の転換を行なったのだ。

 この新冷戦は、すでに中国経済が、グローバルなサプライチェーンに入り込んでいるがゆえに、米ソ冷戦のような簡単な経済封鎖をすることとはなるまい。おそらく、一つ一つの具体的な経済上の契約や規制を通じて、中国経済を弱体化させ、中国共産党の力を削ぎ落とし、中国国民の力で体制の転換を引き起こさせることが最終の目標となろう。軍事の衝突は極めて可能性が薄い。中国の軍事力は、欧米の自由主義国家群のそれと比べ、未だ圧倒的に弱小であるからだ。ただし、これからの軍事力はIT技術と直結している。新しい軍事技術の分野では、中国が量子コンピューターの技術を応用して米国に先んじている。

 日本を含む、米中以外の諸国家群は、どちらにつくか踏み絵を迫られることになる。ロシアは中立を保つであろう。常に米国の冷静な批判者であろうとするからだ。

 日本の安倍政権とその黒幕たちは、これまで、内には中国同様の権威主義的な国家を志向し、外には自由と民主主義を価値とする国家の振りをして、米国とも付き合ってきた。しかし、これからはごまかしを止めることだ。憲法改正を望むのであれば、真の自由と民主主義を根幹とする憲法草案を作るべきだ。政治の透明化を促進し、嘘をつかない、法と契約を尊重する社会に戻し、下手な世論誘導やマスコミへの抑圧を止めるべきだ。そしてもちろん、米国と組んで、中国を牽制することだ。香港や台湾の民主派を堂々と支援するべきだ。なお、中国はかつての全体主義の大日本帝国同様、思い上がって世界覇権の野望を抱いている。敗北の経験者として注意を促すことは親中派の政治家の役割であろう。

 周辺国で言えば、北朝鮮は早晩崩壊すると考えられる。統一朝鮮となっても、現在の文政権は、昔日の朝鮮国同様、中国と米国の狭間で右往左往するであろう。しっかりと国民の声に耳を傾けることだ。全体主義は望むまい。台湾は、これを好機と捉え、独立に邁進するであろう。中国本体が民主化しない限り、その流れは止まらない。香港は辛抱の時だ。いつか民主化の流れが来る。それまで耐えることが必要である。

 かつての大英帝国を構成した、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、英国、米国はファイブアイズを構成し、緊密な情報共有の枠組みを作っている。最近、これにフランス、日本、韓国を加えた同盟を志向する枠組みが米国から提唱されている。参加することが望ましい。

 なお、米国の民主党と共和党の違いについて述べておく。伝統的に民主党は理想を追い、共和党は現実の利益を追う政党であった。最近はすこし錯綜しているが、自由と民主主義、人権の尊重を追求するという点では一致している。

 最後に、中国の民主化の可能性について述べる。多くの評論がこれを不可能と断じているが、そうではない。何故民主化できないのかという理由を考えればわかる。本ブログでもしばしば論じたように、近代化は民主化を促進する。問題は、中国という巨大な国家は、未だ近代化の途上であるという点だ。

 それは一人当たり国民所得の水準を見ればわかる。GDPでは世界第二位というけれど、一人当たり国民所得は9,608 USドル(2018年)、世界72位である。(本ブログ「民主主義の風」参照)従って、これが日本並みになれば、内陸部で前近代的な意識のままで政府を信じて従っている国民の意識が変わる。その時が、民主化の運動が起きる時だ。

 もう一つ、中国経済の運営手法はアメリカ型であり、一部の富裕層と大多数の貧困層を生み出している。富裕層は共産党幹部と直結する。従って、経済成長の果実が国民に広く行き渡ることなく、社会の指導者層に偏在し、それが国威発揚に消費されるという構造を生んでいる。よって民主化より先に覇権志向が生まれたわけだ。中国は、新冷戦による経済の困窮を、内需の拡大という方向に向かうことによって乗り越えなければならない。そして、その先に真の民主化が生まれるであろう。

                             (2020/08/16)

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