宮司のブログ

こんにちは。日吉神社の宮司を務める三輪隆裕です。今回、ホームページのリニューアルに伴い、私のページを新設してもらうことになりました。若い頃から、各所に原稿を発表したり、講演を行ったりしていますので、コンテンツは沢山あります。その中から、面白そうなものを少しずつ発表していこうと思います。ご意見などございましたら、ご遠慮なくお寄せください。

ホモ・デウス論

2020年6月8日   投稿者:宮司

 

 私のブログの極めて少数の読者の一人から、以前電話をいただいた。私の立論は、イスラエルの歴史学者、ユヴァル・ノア・ハラリ氏の著作である「サピエンス全史」にいくつか似た点があるということであった。

 その時初めてハラリ氏のことを知った。ものぐさな私は、その本を店頭で見つけ、斜め読みをしてしまった。私は人類史の屈折点を「近代化」において説明している。彼は、「農業革命」と「科学革命」の2点を屈折点とする。私も、食用植物の栽培化と食用動物の養殖化については、革命的な変化を人類の生活にもたらしたものとして評価している。その点を踏まえると、なるほど着眼点は似ているかもしれぬと考えてきた。

 続いて、ハラリ氏は「ホモ・デウス/テクノロジーとサピエンスの未来」を上梓した。その題名を見て、私は驚愕した。実は、私は、若い頃より人には言えなかったが、一つの確信を持っていた。それは「人類は最終的には、神の似姿となるであろう」というものであったからである。

 そこで、ハラリ氏の「ホモ・デウス」についての考えを見ながら、私の考えている未来の人類=神という直感と比較してみることにした。

 彼は言う。人類は、過去、飢餓、伝染病、戦争の3つに苦しんできたが、現在では、それらを克服したと言っていいと。

 これは、私が、人類は、近代化により、戦争によらず、生活物資の生産を極大化し、平和で豊かな生活を得ることに成功したと言うこととほぼ同義である。

 これを彼は、人間至上主義の到達点であり、それをさらに進めれば、人類は、不死と至福を手に入れて神となろうとすると言う。人間の幸福感は生化学的な作用により、物理的に作ることができると言う。そこで、科学技術の発達により、寿命と幸福感を得た人類は、自己のアルゴリズムを発見し、データ処理により、人間の意識をもコントロールするようになると言う。そこで、人間に格差が生じ、家畜化する人間とそれをコントロールする人間に別れることとなる。すなわち未来は人類の格差社会を実現すると予想する。結果、人間至上主義に代わって、データとアルゴリズム至上主義となる。さて、宗教は、人類の生み出す規律や価値に超人間的な正当性を与えるものであるから、科学と結びついて、アルゴリズムに対する信仰を生み、格差社会に正当性を与えると予想する。

 以上がホモ・デウス論の大要であるが、私の直感とはかなり異なっている。

 読者諸氏は「フロリダのワニ」の調査を記憶しておられるであろうか?すでに30年以上も前に、フロリダに生息するワニの個体数の減少が観察され、それは、環境ホルモンによるワニの生殖能力の減退によると確認された。すなわち人類が作り出した環境の変化により、ワニの生殖能力が減退し、個体の減少につながったのである。これは、人類にも起こり得るものだ。そこで、私は、人類は、将来、生殖能力が激減し、個体数は自然減少すると考えた。これは人口の都市集中により、少子化が始まり、個体数が減少すると言う社会学的な説明をフォローアップするものだ。おそらく、先進国では、今後、劇的な人間の個体数の減少が始まり、それは不可逆的なものとなる。発展途上国の人々はその穴埋めとして先進国へ移住し、結果、人類は少数化の運命をたどる。よって、これを補うために、人類はクローン技術による個体数の維持を図ることとなる。その段階では、すでに環境問題や資源の問題は全て解決され、人類はさらに進んだ科学技術により、不死化と至福化を実現し、神の似姿となるであろうと予測したのである。

 この場合、存続する人類の個体は、全て優秀な知能と知識を有し、格差社会とはならない。しかし、個体の個性は存続する。なぜなら、多様性の存在こそが、人類の人類たる所以だからである。多様性の軋轢と矛盾により、変化のベクトルが生まれるのだ。このように考えると、人類は神の似姿となっても、矛盾を抱え、様々な議論を通してその知性を磨いてゆくと考えられる。AIと根本的に異なる人類の本質がここに存在する。 おそらく、このような確信は、私が、多神教の文化の中で育ったことによるものであろう。ハラリ氏の育った環境は一神教の文化であり、よって、合理的で確定的な結論を持たざるを得ない。ついでに言えば、デウスとは一神教の神のことであり、人間が多神教の神に近づくとすれば、さしずめ「ホモ・ディーティーズ」となる。

 どちらにしても、夢想の域を出ない話であるから、たわいないものだ。しかし、人類の宗教の原点は多神教であることを考えれば、私の感覚が正しいのではないかと思うこの頃である。            (2020/06/08)

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