宮司のブログ

こんにちは。日吉神社の宮司を務める三輪隆裕です。今回、ホームページのリニューアルに伴い、私のページを新設してもらうことになりました。若い頃から、各所に原稿を発表したり、講演を行ったりしていますので、コンテンツは沢山あります。その中から、面白そうなものを少しずつ発表していこうと思います。ご意見などございましたら、ご遠慮なくお寄せください。

民主主義の風

2019年9月26日   投稿者:宮司

 今、東アジアに民主主義の風が吹き荒れ出したように見える。この風は、順風とは限らない。逆風もあれば、暴風もある。

 もともと、民主主義とは、既存の社会秩序を打ち壊すための論理として西欧で生まれ、暴風雨のように吹き荒れたものだ。現実的な結果は、フランス革命である。それ以前に清教徒革命と呼ばれるイギリスの社会変動があったが、これは宗教改革に伴う宗教戦争とも言いうるもので、真の民主主義思想に基づく改革は、フランス革命を嚆矢とする。

 世界は戦慄して、これを他国に波及させないように、ウイーン体制を作ったが、長続きはしなかった。産業革命に基づく資本家層や労働者層の増加と圧力により絶対王政は崩壊し、その後の試行錯誤を経ながら、西欧の民主主義は確立していった。その試行錯誤の中で最も大きな影響を与えたものは社会主義と共産主義の思想と運動である。これは、民主主義と市場経済をより強固で、より平等で、より自由なものとする契機となった。結果的に、共産主義は発達した産業社会の中では実現せず、逆にそれ以前の前近代社会が色濃く残っていたロシアや中国で実現した。

 民主主義は、このように旧体制との軋轢と抗争の中で、民衆の自覚とともに実現するのである。その後、時代の進展とともに、民主主義は世界の政治システムの標準となったが、その過程は、西欧のような民衆の行動により獲得されたものというより、宗主国から教えられ、あるいは自発的な近代化の過程の中で学習されて形式として取り入れられたものが多い。東アジアもそうである。ここでは、中国、香港、台湾、韓国、北朝鮮、日本について民主主義の現状を考えてみる。

 さて、民主主義が、国家権力への民衆の抵抗権の発現として獲得されたものでない場合は、人々が自覚的に民主主義を理解することは不可能である。形式的に民主主義的な法体系や社会制度が準備されたとしても、実態は旧来の権威主義的な政治が行われることが多い。それを不満に感じた民衆が蜂起することによってのみ、真の民主主義が確立する。その不満は、どこから生まれるか?それは多くの場合、市場経済の発展に伴って、社会の都市化と個人化が生まれ、民衆が多様な意識を持ち多様な生活を行うようになり、より大きな自由を求めてデモや抗議を行うことを通じて現実化される。つまり、理念ではなく、自分たちのライフスタイルのより豊かな実現の要求として生まれる。また、近代化の結果、いくつかのアラブ諸国にアラブの春が現出し、一時期は民主主義に向かうかと思われたが、結果的にはイスラム原理主義と近代化の複合形態となっているのは、個人化と豊かな社会の実現が不十分であることが原因である。原理主義はすべからく近代化の進展の中で世俗化し、消滅するものだ。

 そのように考えると、民主主義の成熟は、その国の国民の経済規模に密接に関係していると言える。ここで、東アジア諸国の一人当たりGDPを比較してみる。

2018年 単位US$
中国 9,608
香港 48,517
台湾 24,971
韓国 31,346
北朝鮮 1,298
日本 39,306

 近年の中国の経済発展は目覚ましく、GDPでは、アメリカに次ぐ経済大国となったが、一人当たり国民所得は世界の72位、未だ先進国とは言い難い。これは膨大な人口とともに、経済運営がアメリカ型であり、貧富の差が極端であることと関係している。したがって、未だ中国では、民衆の欲求として民主主義が生まれることは難しい。中国共産党の一党独裁という権威主義の政治が当分続きそうである。むしろ、中国へは、次に述べる香港や台湾からの順風がふいているので、それが共産党政府をどの程度刺激できるかが、中国民主化の時期を左右すると思われる。中国はアメリカと貿易戦争の最中にあるが、いずれは調停合意となる。グローバル経済の恩恵の中で発展したのが中国経済であることを考えれば、一国主義となることは考えられない。そして、世界の工場として機能してきた中国も、いずれは国民所得の増加に伴う労働賃金の上昇により、外資系工場の海外移転が始まり、外需頼みから内需志向に変わらざるを得ない。その結果、国民生活が向上し、民主主義の追風が吹くと考えられる。また、中国人は同質性の薄い人々であり、少数民族も多数含まれている。これは、人権問題で常に軋轢が生じることを意味しており、民主主義の発展には好条件と言える。
 世界が民主的に運営されるようになれば、世界人口の5分の1を構成する中国人が世界をリードすることになる。イスラエルが中国と関係を深めているのは、その見通しがあるからだ。中国共産党も、早くその事実を認識し、解党して民主主義を受け入れる体制作りに励むべきだ。私は早くから中国の人々に話しているが、行政官僚と党官僚を二重に税金で食べさせていることは全く無駄な浪費である。もう一つ、中国は膨大な面積を持つ大国であり、未だ前近代的な社会を残す地域を多く抱えている。したがって、儒教的な賄賂、門閥、情実が横行する社会であり、これは民主主義と相容れない。近代化を急ぐべきだ。

 香港の一人当たり所得は、東アジアで1位、世界では17位である。現在、若者を中心として、香港では民主化を要求する大規模なデモが連日行われている。これはまさしく多様化し充実したライフスタイルを奪われまいとする抗議である。中国が自国の権威主義を押し付けようとすれば、徹底的に反発するであろう。それも非暴力で。かつての日本の全共闘や独仏の学生運動のように先鋭化はしまい。それは、彼らの運動が特定の思想に基づく社会改造のための攻撃ではなく、自分たちの生活を維持したいとする保守の意識に基づいているからである。そして、世界が注視しているから、中国も天安門のような暴力的な解決を行うことはできない。また、香港は多様な民族が共存している社会であり、民主主義が生まれざるを得ない。英国の教育も真の民主主義を教えていた。
中国が香港に学ぶことを期待したいが、行く末はどうなるか?

 台湾の一人当たり所得は東アジアで4位、世界で39位である。台湾は、先住民、本省人(蒋介石の入国以前に在住していた中国由来の人々)、外省人(蒋介石とともに入国した中国の人々)という異なる人々が構成する国家である。中華民国政府の入国に際しては多くの本省人が殺された。それ以前は、日本が統治していたために、社会資本が整備され、国語も統一され、教育も普及した。歴史的には中国明朝や清朝の影響下にあったが統一国家ではなかったために、共同体意識が希薄であり、韓国や北朝鮮と異なり、日本への反感は少ない。
 蒋介石、蒋経国の独裁を経て、李登輝による民主化が進み、経済の発展に伴い個人化が急速に進み、東アジアでは最も民主的に運営される社会が生まれた。中国は今でも台湾を自国の一部に編入しようとしているが無理であろう。それよりも、中国が民主化することが先に起きると思われる。台湾が自国の存続を図ろうとすれば、軍事の強化もさることながら、経済を発展させ、グローバルな生産過程の中で確かな位置を占め続けることが最も必要である。したがって、台湾からも中国に対し、民主化の順風が吹いている。

 さて、韓国である。アジアでは日本に次ぎ、世界で31位の一人当たり国民所得だ。日本併合前の李氏朝鮮は隣国中国に従う冊封体制と両班を中心とした儒教政治であり、官僚の横暴や賄賂、門閥主義が横行し、近代化の運動も中国、ロシア、日本の介入で複雑化し、結局日本に併合された。
 第二次大戦後の韓国は激動の時代が続いた。李承晩は、アメリカで教育を受けたというが、実態は儒教的な権威を土台とした独裁国家を目指した。38度線を挟んで、北はソビエト、南は米国によって占領された朝鮮半島は、米ソ冷戦、いや朝鮮戦争という同一民族による戦の主戦場となった。1948年に国連の指導で総選挙が実施され、第一共和制が始まり、李承晩がこれ以降、1960年まで独裁を行なったが、政治システムは国連と米国の意向で形式的には民主的な議会政治と大統領制を取り入れていた。常に北朝鮮から社会主義思想が流入したが、一方では度重なる政府による暴力的な圧力により、憲法をより民主的に改良しようとする運動は封じ込められた。
 それが左派社会主義勢力と右派李承晩派の対決の場となった。不幸なことに、ソビエトの国際共産主義運動の影響で韓国の進歩派は民主主義というより社会主義(共産主義)を信奉することとなり、それが1948年の済州島4.3事件での島民虐殺を起こすこととなった。そのおりに大量の済州島島民が難を逃れ日本に密入国し、大阪の韓国人コミュニテイーを形成することとなる。現在、4.3事件のその後について、進歩派の金大中、盧武鉉政権によりその調査と反省の機運が生まれ、現在の文在寅政権はその後を承継し、犠牲者への陳謝と事実の解明に取り組んでいるが、これは民主主義者による真実の解明ではなく社会主義者による同胞の名誉回復という面が強い。
 米国があまりの無法ぶりに李承晩を見限ったのち、1961年に発足した朴正煕の軍事政権は日韓基本条約に基づいて得られた一括賠償金を経済復興のために使用し、漢口の奇跡と呼ばれる経済の発展は、韓国を一気に近代社会に変化させた。これは冷戦時、共産主義のショーウインドーとして韓国の経済の繁栄を演出したい米国と日本の思惑が下支えしたのである。その後の全斗煥・盧泰愚と続いた軍事政権の時代に、次第に民主化の機運が高まり、その後軍事政権側と市民政党の連立により、文民の金泳三政権が登場し、次に金大中政権が登場した。ここで、ようやく韓国の民主化は実態の伴ったものとなった。しかし、絶えず流入する社会主義思想は、個人化をもたらさず、朝鮮民族という北と共通の民族意識のもとでの民族自立、国民国家の樹立という前時代的な目標を進歩派に与え、擬似共同体としての統一朝鮮という夢を若者に与えた。これは韓国史が、民族自立より先に民主化を達成したことが原因である。さらに李氏朝鮮以来の儒教主義は、韓国社会の賄賂、情実、門閥として残存し、建前だけの徳目である「義」(正義を行うこと)を重視する性質は常に権力者にクレームを突きつけ、その追い落としを図り、政治の不安定化を招いた。
 そのなかで国民国家の自立のために、植民地時代の日本との関係を清算し直し、また、親日、親米派を一掃し、北朝鮮と一体化し、朝鮮としての矜持を得ようとする運動が起きた。政権は、これを進めようとする進歩派と、戦後の日米寄りの体制を維持しつつ経済発展を遂げようとする保守派の政権との角逐となった。金大中、盧武鉉、文在寅政権は進歩派であり、李明博、朴槿恵政権は保守派である。通常は、経済発展を主張するのが進歩派であり、非民主的な体制維持を図るのが保守派であるはずだが、韓国ではこれがねじれている。進歩派は、民主化を要求するが、実態は強権的な政治により統一朝鮮の実現を図ろうとする、共同体志向の政権となってしまう。現在がその良い実例である。
 しかし、一方、世界31位の国民所得まで上り詰めた市民、特に一般の若者たちは、既得の生活多様性、個人化を離そうとはしまい。財閥の一部となって我が世を謳歌している人々は、好んで国民所得が韓国の20分の一以下の北朝鮮と同じ国家となり、経済レベルを落とし、政治システムを非民主的なものとすることに同意はしまい。
 彼らが最初に行うべきは、北朝鮮を支配する金一族の排除と政治の民主化である。韓国の進歩派がこれに気づかない限り、民主的な統一朝鮮は生まれないであろうし、相変わらず、歴史修正主義の誤った教育を国内の若者に与え、反日にこだわり、世界から取り残されていくであろう。日本も、近年歴史修正主義に傾いているが、韓国はそれ以上である。真の民主主義国家は、歴史実証主義に基づき、歴史教育を行うものだ。
 韓国の民主主義の風はまともではない。つむじ風のように方向が定まっていない。しかし、北の体制をそのまま残して統一朝鮮を実現しようとするならば、個人化した社会から真の民主主義を目指す順風が生まれるであろう。

 北朝鮮は、極めて貧しい国民所得から見れば、民主主義の萌芽はない。金一族の、社会主義に名を借りた独裁政権である。すなわちまともな社会主義でもない。前時代的な古代王朝が現代の科学技術を得て現れたようなものだ。国民の怨嗟は極度に達していよう。

 次に日本について述べる。一人当たり国民所得はアジアで2位、世界で26位である。金額の多さが個人化のバロメーターであるとすれば、日本は香港の次に民主的であるはずだが、決してそうではない。なぜか?根本原因は国民の同質性である。すでに明治維新以来、近代化に努めた日本は民族自立による国民国家を樹立し、その後、徐々に民主化の機運が高まり、議会政治が機能したが大日本帝国憲法自体が権威主義に基づく非民主的な憲法であったために、民主化は進展せず、代わりに19世紀に猛威を振るった共産主義思想による革命政権を先鋭な思想家たちが夢見たために、天皇を中心とする権威主義と共産主義を理想とする権威主義の対立が戦前の社会実態となった。民主主義の方向性は失われてしまった。
 第二次世界大戦で徹底的に叩かれ敗戦となった日本は、民主主義の盟主である米国に占領され、形式的には極めて民主的な体制と法を持つ国家となった。人々は鬼畜米英から一転して民主主義万歳を連呼し、保守合同で誕生した自由民主党は自らを自由と民主主義を進める政党であると高らかに名乗った。しかし、自民党のめざしたものは、決して民主主義ではなかった。戦争によって中断した近代化をさらに推し進め、経済大国となることが目標であり、それは、天皇を中心とする国民国家の再現を夢見るものであった。
 一方、戦前の社会主義者、共産主義者たちは、それぞれ社会党、共産党を組織し、社会党は労働組合と結んで自民党の対抗勢力となり、共産党は独自に教育や文化面で共産主義思想の浸透を図った。学校教育は共産主義者に支配されたが、その後、自民党の度重なる介入により、今度は逆の歴史修正主義となってしまっている。実は、戦後の日本には、正しい民主主義教育は行われておらず、正しい民主主義を実践しようとする政治家も少数であった。その少数の人々は、自民党のハト派と言われ、また、社会党の右派と言われ、大きな勢力とはならなかった。彼らを支えたのは、民主主義への志向というより、凄惨な敗戦の記憶から決して戦争国家とはならないという決意であり、それゆえにその世代が退場したときに、この流れは終わった。
 民主党政権ができたときに、わずかに民主主義社会の実現の芽があったが、派閥抗争に明け暮れ、国民から見放されたために、定着はしなかった。
 しかし、戦争の反省と米軍の指導のもとに生まれた日本国憲法が、極めて民主主義的な憲法として完成されたものであったがゆえに、自民党に対する革新勢力は、憲法に保障されたデモやストライキなどの運動を通して労働権の確立、個人の自由権の伸長、平等社会の実現、福祉国家の実現をある程度達成し、自民党の進めた日本型会社経営、護送船団方式といった経済成長戦略とも相まって、国民総中流とも称された平準化された民主社会を実現した。しかし、誰も民主主義を志向したわけではないので、国民意識に、民主主義が根付いたとは言い難い。その後、産業社会の完成、公労協を中心とする労働組合の解体、冷戦の終結、そしてグローバル経済の進展に合わせた資本の自由流通化、雇用の自由化などの新自由主義経済政策により、昨今では、貧富の差が拡大し、プレカリアートの肥大化が社会問題となっている。一方、一人当たり国民所得は増加し、若者を中心として生活の個人化が進み、民主主義の基盤はできているように見える。教育は、韓国や中国に対抗して歴史修正主義の教育が進み、不適切な歴史観が一般化しているように見える。
 その中で、ようやく自民党の悲願であった、憲法改正が提起されようとしている。もちろん民主主義を廃し、権威主義の国家を再生することが目的である。
 しかし、中心となるべき皇室は、戦争の反省と憲法の遵守のためにこれを批判されているように見える。安倍政権が来年あたりに行うと思われる国民投票で、国民は本当に民主主義を捨て去るであろうか?日本では、民主主義の逆風が吹いている。国民はこれをはねのけて、民主主義を自覚的に我がものとすることができるだろうか?
 
 韓国の人々は、統一朝鮮の美名のもとに民主主義を捨て去ることができるか?日本の人々は、国民国家(美しい日本)の美名のもとに民主主義を捨て去ることができるか? 実は、今、東アジアで、民主主義の定着が試されようとしている二つの流れが存在している。それぞれの政権が狙っているのは、逆方向であるが、ともに民主主義を否定し、個人の自由な生活を規制する権威主義の国家を目指すという点では、同じである。さて、結果はどうなるのか?
                                       (2019/09/26)

 

世界-中国論-日本