宮司のブログ

こんにちは。日吉神社の宮司を務める三輪隆裕です。今回、ホームページのリニューアルに伴い、私のページを新設してもらうことになりました。若い頃から、各所に原稿を発表したり、講演を行ったりしていますので、コンテンツは沢山あります。その中から、面白そうなものを少しずつ発表していこうと思います。ご意見などございましたら、ご遠慮なくお寄せください。

トランプ・ショック

2016年11月15日   投稿者:宮司

 2016年11月8日、世界に激震が走った。米国次期大統領にドナルド・J・トランプ氏が決定したことによる、トランプショックである。世界中の人々の中で、現状に満足している、あるいは将来に希望を持っている人々は、一様に沈み込んだ。これに対し、現状に不満を抱き、一度世界を無秩序の状態に落とし込み、これを再編することによって、自身の立場を変えようとする人々は密かにほくそ笑んだ。

 簡単に言えば、そういうことだ。世界の現状に不満を抱き、やみくもに現状破壊を志向する人々が、各地で目立ってきている。それが、日本の安倍政権の異常な人気や、英国のEU離脱決定の国民投票や、フランスの極右政党の台頭やドイツのネオナチの動き、そして今回のトランプショックに現れている。ポピュリズムと地域主義の台頭は、人類の歴史を三、四十年巻き戻すことになるかもしれない。
 
 民主主義と資本主義が安定的に機能しているとされる先進国で、なぜこのような傾向が生まれるのか?それはこの二つの制度の必然とも言える。これら二つの制度は、個人の機会における平等を原則としている。したがって帰結するところは、世界中の人々が一様に科学技術の成果によりもたらされる便利で快適な生活を享受することのできる世界だ。もちろん様々な克服すべき課題、例えば資源やエネルギーの限界、環境問題などがあるが、基本的には、資本主義は、経済競争を通じて世界中を同じような市場に編成していくし、民主主義は、世界中の諸個人に平等に政治に参加する機会を与える方向に導いていく。

 したがって、原則的には、すでに先進国となった地域は、残りの地域が同じような資本主義と民主主義の水準に到達するまで、現状に満足して、待っていなければならない。ある国が一旦経済成長を遂げて先進国となれば、グローバル化した資本は、より安価な生産のコストを求めて、政治的に安定し、社会資本が整備された発展途上国へ生産拠点を移していく。したがって先進国の経済成長は止まることになる。近代化に伴う凄まじい速度の経済成長と社会生活の変革は、どの地域でも一回起性のものだ。それは、ちょうど近代化の進展の中で人口が著しく増加するが、一旦近代的な成熟社会が成立すれば、増加は止み、安定から減少へ向かうこととよく似ている。

 しかし以前と同じような経済成長をもう一度味わいたいと思う大衆は、雇用を奪う移民や、安価な労働力で市場価値の高い製品を生み出す発展途上国を敵とみなし、これを排斥し、自分たちに有利な状況を作り出そうと試みる。かくして地域主義と差別主義が先進国に生まれてくるわけだ。

 本当は、先進国内で経済成長を追求しようとすれば、新しい技術の開発や、隙間的な産業への投資や、安価な移民労働力の確保など様々な工夫によって、経済を刺激する以外に道はない。もし、保護貿易と地域経済によって現在のグローバル化した世界経済を切り裂こうとすれば、それは世界的な経済成長の芽を潰し、経済のブロック化を進め、場合によっては深刻な対立を生み出す要因となる。 

 世界経済の円滑な発展は、資本や生産品や労働力の自由な流通が保証されるグローバルな環境を前提としている。そのような環境が整わなければ、人類が一様に近代社会の恩恵にあずかることも不可能である。

 さて、資本主義はそのままで理想的な社会関係を生み出すものではない。古典経済学や新自由主義では、レッセフェール(laissez-faire)で良いとされるが、そうではない。むき出しのままでは、労働者と資本家の階級対立を生み、貧富の差が拡大するのは、社会主義者が述べるとおりだ。そこで、労働者の保護のための法律ができ、資本主義経済への諸個人の適応能力の差から生まれる貧富の差の拡大を緩和するために、富裕層に対し課税を強化し、その税を、社会保障や人権擁護、年金や保険制度、低所得層のための職業環境の整備などに消費することにより、所得の再分配を行うという措置が取られることになる。
 
 社会に民主主義が保証されていれば、貧困層が多い場合、それを救済し、貧富の差を最小限にしようとする政党が勝利するので、そういった法律が整備され、富の極端な不平等が生ずることを防止できるわけだ。しかし、もちろん完全に公平になるわけではない。常に時間とともに社会や人間の行動は変動するので、差が生まれ、差を解消しようとし、それらは流動的な動きとなる。また、社会全体に対する公平性の意識が乏しく、自己の権益を守るために必死となる人々も存在するので、脱税や汚職といった違法行為ばかりでなく、大衆を扇動し、自分たちの利益となる法律を制定させようとする人々も現れる。つまりは、社会意識が低い人々が多い場合、資本主義と民主主義は正常に機能しない。社会において、教育により個人の社会的資質を磨くことが大切である理由はここに存在する。

 第二次大戦後、人類は、二度と相互の大規模な殺戮を起こさないとする世界意識に立って、米国を中心とする戦勝国を軸として、国際連合を制度化し、世界経済の発展による近代化の世界的展開と、民主主義の普遍化による世界的な人類共存社会の実現に向けて、努力を重ねてきた。途中に東西冷戦という難しい時期が存在したが、これも熱核戦争となる危険を克服し、現在にたどり着いた。

 しかし、世界は、資本主義と民主主義を共通の価値目標としながら、近年は、為替、株、債券といった実体経済をはるかに上回る巨大な投機市場を作り出し、世界経済の波乱要因を増殖させ、アングロサクソン型の先進国の国家を中心として、富の大部分を一部の層に集中させ、貧富の差の拡大を招いた。また、民主主義に基づき、諸国が政治難民を受け入れる姿勢は、結果として、それらの国内に人種、文化、所得の差別を助長し、社会の不安定要因を作り出した。また、グローバルな世界経済の発展のための自由貿易体制の確立は、諸国の経済的競争力のない分野に職を持つ人々の慢性的な不満と貧困をもたらした。

 そして社会意識の低い人々は、総じて、現代社会への直接的な不満を抱くようになり、それらの大衆的な不満を政治的ポピュリズムによってすくい上げ、政治的に実現しようとする人々が現れてきたのである。

 トランプ氏が、政治指導者として、どのような政策を実現するかは未知である。しかし、彼が選挙活動中に人々に語りかけ、熱狂的な支持を得た言葉をもとに推察すれば以下の通りとなる。

 第一に彼は、「Make America Great Again」を標語とした。ところで、アメリカは、冷戦が終結した今こそ、世界の最強国であり、世界の実質的なリーダーである。何を今更、Great Againというのか? これはトランプ氏が、アメリカの白人の中低所得者層に呼びかけた言葉だ。彼らにとってアメリカが偉大であった時代は、1950年代であろう。米国経済は空前の好景気で、経済成長の真ただ中、黒人の公民権はいまだ認められず、ヒスパニック系の移民もまばらで、まさに白人中心の社会であった。
 
 その後のアメリカは、冷戦とベトナム戦争の試練を経て、黒人の公民権を認め、フエミニズム運動により女性の社会参加を実現し、核戦争の危機を乗り切り、人類社会の近代化と民主化のためのリーダーとして振る舞うようになった。軍産複合体は、世界の警察官を自認するアメリカの裏側で、各地で小規模の戦闘を起こし、兵器を売りさばき、あるいは国連軍の中核となって戦争を起こし、利権を得たが、そのマイナス面を補って余りある世界への貢献を、アメリカは行ってきたと言って良い。

 しかし、トランプ氏の公約は、国内的には、不法移民の退去を促し、その流入を止め、イスラム系移民や難民の受け入れを拒否し、黒人と女性の差別を暗黙に認め、白人中心の社会を再構築し、経済政策では、自由貿易を否定し、安価で優秀な海外製品には高額の関税を課し、政策的にアメリカの白人層の雇用を担保し、一国経済を実現しようとするものだ。

 また、外交的には、駐留在外米軍の撤退を含め、世界の警察官たるアメリカの役割を放棄し、そのコストをカットしようとする。その為には、中国、北朝鮮への備えとして、韓国と日本の核武装を認め、自前で防衛力を整備することを要求する。一方ロシアは、中国や日本と違って、米国の直接的な経済競争の相手ではないがゆえに、これと和解し、シリアや中東の安定を委任しようとする。 NATOからも米軍を撤退させ、安全保障のコストをヨーロッパに負担させようとする。これらは、経済競争の相手としての、中国、日本、韓国、 EUの軍事費への支出を増加させることにより、それらの経済的競争力を弱めることを狙いとしている。米国はそれでよかろうが、これは、核拡散と、軍拡競争を世界的に認めるようなものだ。本当にこれを実現するならば、世界は、第三次世界大戦という悪夢を見ることになるかもしれない。核戦争のおまけつきで。

 人類は少しずつ体験的に学び、政治的、平和的な共存の範囲を拡大させ、同時に経済的な共存関係も拡大させてきた。その流れを、目先の米国一国の利益のために逆転させようとするのがトランプ氏の発想だ。人類は、互いの違いを認め合い、人権を平等に尊重し、共存することを学んできたが、この経験を反故にしようとするのが、トランプ氏の発想だ。

 これに対し、大統領選挙で敗れた民主党のヒラリー氏の標語は、「Stronger Together」であった。これは、人々の共存と協働をエネルギーとして世界と米国を構築しようとするもので、考え方としては正しい。しかし、彼女は、ウオール街に代表される、経済競争の勝ち組の人々と強く繋がっており、実態は、勝ち組重視の政策になるであろうということを、米国の人々に見抜かれていた。

 これに対し、トランプ氏は、低所得者の所得税免税、社会福祉政策の充実を訴え、富裕層に対する課税強化をも考えているようである。これらの政策は、米国型資本主義の欠点を補うものとして評価されて良い。もちろん、その他の政策同様に、共和党の主張する政策の流れとは全く異なっており、実現には多くの障壁が存在するであろう。

 民主党の予備選挙で、学生や知識層の圧倒的な支持を受けていたのは、ヒラリー氏ではなく、サンダース氏であった。もし、サンダース氏が民主党の候補者であったならば、トランプ氏を破った可能性が高い。彼の政策は、国内的には富裕層を批判し、中低所得者層の生活改善を重視するという、トランプ氏と重なるものであり、一方、差別や人権の点では、トランプ氏と正反対の共存と平等重視の考え方であり、外交的には、米国の利益より世界の安定を重視する考え方であったからだ。

 ともあれ、人類の歴史は、トランプ大統領を選択した。これが吉と出るか、凶と出るかは、今後の彼の政策と世界の対応によるが、彼自身が、これまで提案してきた政策を変更する可能性もあり、予断を許さない。何れにしても、人類はすでに大規模な戦争で全てが死滅してしまう兵器を大量に保持しており、種として滅亡してしまうという可能性が、常に目前に存在していることを覚悟せねばなるまい。                   (2016/11/15)

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