宮司のブログ

こんにちは。日吉神社の宮司を務める三輪隆裕です。今回、ホームページのリニューアルに伴い、私のページを新設してもらうことになりました。若い頃から、各所に原稿を発表したり、講演を行ったりしていますので、コンテンツは沢山あります。その中から、面白そうなものを少しずつ発表していこうと思います。ご意見などございましたら、ご遠慮なくお寄せください。

前近代と近代ー社会意識の変容

2016年9月17日   投稿者:宮司

 本ブログでは、しばしば、近代化を人類史の屈折点として説明し、その前後における人類社会の変容を見てきた。
 一般的には、近代化は、特に、人間の生活世界の物質的な変容として理解され、その文脈で語られている。しかし、私は、近代化の過程での人間意識、特に、人間の社会意識の変容に重点を置いて理解している。
 ここでは、人間の社会意識を中心にして、前近代社会と近代社会を比較してみる。

 小国家成立以前の人類は、家族の中で生を受けた。所与のものとして、家族があり、ムラがあった。なおここでいうムラとは、幾つかの家族が互いに助け合って共存する単位集団である。その社会集団の中での秩序維持機能を提供したのは、長幼の序であり、伝統であり、慣習であり、信仰であった。これらは複雑に絡み合いながら、当時の人々の社会意識を形成した。倫理や道徳もその中で生まれた。
 したがって、個人という意識は、育つことはなかった。また、個人をベースとした契約という意識もなかった。現在の人間の意識からは全く隔絶した社会意識であったと考えて良い。

 人間は、衣食住の消費財の生産に工夫を凝らし、道具などの技術革新を行い、生産性を上げ、余剰生産物を得るようになると、物々交換により、物質的により豊かな生活を享受しようとした。そこで言葉と文字を獲得し、貨幣を創造し、市を作った。都市の始まりである。異文化の交流もそこで始まった。
 貧富の差が生まれ、さらに生産性を上げるためにムラの連合体としての小国家ができ、国家間の交流が始まった。交流は、平和な時もあれば、戦争を伴う時もある。
 このようにして、人類は、古代の国家を作った。その中での秩序の維持は、もはや伝統や慣習だけでは機能しない。そこで、法律が作られていった。当時の法律は、それに従う人々の総意で作られたものではなく、異なった伝統や慣習を持つ多くのムラとそれに属する人々を総合的に統御するための為政者の意思の現れとして作られた。

 当時の軍隊は、すでに機能集団の性質を帯びる。シルクロードなどを使い長期の旅を行って利益を得ようとする商業集団なども機能集団と言える。しかし、人々の生活の原点は、あくまでも家族であり、ムラであった。古代国家の支配者層になっていった人々は、原郷としてのムラを離れたであろうが、首都において家族親族集団を形成し、共同体の中で暮らした。軍隊の一員となって遠征の旅に出た人々も、戦争が終われば、それぞれの家族集団の中で暮らした。

 人類は、早い段階から、共同体(Community)と、共同体から析出され、特定の目的のために組織化された個人の集まりの機能集団(Association)という二層構造を経験した。しかし、前近代の社会の基本は、あくまでも共同体であった。そして秩序維持の基本は、長幼の序などの伝統や慣習、宗教や倫理、生活道徳などによって保たれ、文化や風俗の異なる複数の共同体を抱える国家にあっては法律が使用された。

 共同体は、何も家族や親族をベースとしたものと限られはしない。小集団で、互いの信頼と愛情、義理と人情、恩恵と忠誠、などの感情を介して結びつけられた集団は、共同体、コミュニテイとなる。三国志の「桃園の誓い」や侠客や博徒の組織も共同体である。現代の、祭りを介して結びつけられた地域の人々も共同体を作る。家族意識の強い会社や組合といった存在が1960年代の日本には存在した。機能集団とコミュニテイの二重構造の組織であった。
 注意すべきは、機能集団の中に共同体が生まれ、また、その逆もあるということだ。特定の目的を持って集まり組織を作った人々の中で、気の合う人々が、友情と信頼に基づく恒常的な人間関係を作れば、小さな共同体が生まれる。また、共同体が肥大化していけば、その共同性の維持ができなくなって、規則や契約に基づく機能集団に転化していく。極端に肥大化すれば、単に規則や契約で同居するだけの集団になってしまうこともある。

 この共同体には、家族やムラのような、自己の意思を介さず、生まれつき、所与として存在するものと、後天的に、意思を持った人々の全人格的なつながりとして生まれる共同体の二種類がある。前者を基礎共同体(Basic Community)、後者を意思共同体(Willing Community)と呼ぼう。
 機能集団は、意図を持って特定の目的の達成のために集まった人々の連合をいう。前近代においても、先述したように、徴用された人々が軍隊を構成する時、その集団は機能集団であるが、内部的には、不断に意思共同体的な小集団が形成されていく。これは前近代に生きる人々は、基礎共同体を基本に持っており、共同体的な関係性を作り易いからである。従って、前近代は、機能集団は一部に存在しても、共同体的な社会集団が基本であったということになる。

 しかし、前近代において、共同体間の関係は、決して共同体的ではない。本来、自分たちの仲間以外の人間は関係性の少ない人々であり、生産物の交換とか戦争行為などによって関係が作られるので、これは、特定の場合のみに生まれる関係性である。また、仮に部族単位で異なる部族の支配下に置かれたならば、それは、継続的ではあるが、相互の同意によって結びつけられた関係ではない。
 このような関係性をサルトルは集列性と呼んだ。この集列性によって結びつけられた人々の秩序は、信頼とか倫理ではなく、契約とか法律によって保たれる。
 こういった集列的な関係は、近代になって、人や物の交流が著しく増加すると、随所に見られることになる。例えば、ある電車をプラットフォームで待っている人たちの集団は、共同体でもなければ、機能集団でもない。これは集列的な関係性の諸個人の集まりである。また、一つの市町村に住む人々の集団を考えるならば、諸個人は、それぞれ様々な共同体、たとえば家族とか地域コミュニテイに属したり、様々な機能集団、たとえば学校とか会社に属したりしながら、その市町村の中では、集列的な関係性の中にある。このような集団は、相互の信頼もなければ、同一の目的も持っていない。これを集列集団(Seriality)と呼ぶことにする。
 なお、近代の法律は、個人の社会契約を基礎として、形式的には構成するすべての人々の合意によって成立するものであり、前近代の法律とは、この点で、決定的に異なっている。

 共同体を秩序立てるものは、伝統、慣習、宗教、倫理、道徳などであり、本来、成文化されたものではない。よって、共同体が成立するのは、互いに親密な人間関係を持ち、常に会話ができ、顔が見える小集団であるということになる。
 たがいにコミュニケートできないような大きな集団にあっては、これらの秩序立ての道具は、支配者が押しつける成文化された一方通行の規制となる。それが、法律に転化していく。前近代において、特定の文化を持つ集団が、異なる文化集団を支配下に置くことによって生じる文化や民族性の破壊は、このような文脈で生まれた。中国古代の、多数の共同体を一律に支配する方法としての徳治主義や法治主義に基づく様々な法律はこういったものだ。

 小集団の共同体では、成文法や契約は存在しない。互いの信頼に基づき集団の秩序が形成される。例えば、家族間や気の合った友人間の関係は、信頼と愛情で結ばれ、契約や規則で縛られるものではない。リーダー的な人物が出来て、成員に一定の契約や規則を課することもあるが、これは以下に述べるような共同体の変質を意味する。
 意思的な共同体では、その組織が巨大化し、互いに顔の見ることのできない大集団になると、成文化された倫理やルールが必要となる。
 つまりは、共同体の崩壊と機能集団への転化が行われ、さらには、強い集列性(雑居性)を持つこともある。ヤクザの組織がそのよい例である。
 
 近代化は、西欧のルネサンスと宗教改革を準備段階とし、啓蒙思想、市民革命による人々の意識の変革を中核とし、科学技術の発展による生産力と交通の飛躍的な発展によって完成した。

 しかし、それは、15世紀から19世紀にかけて突然起きたものではない。人類史の中では、分業と交通の発達は徐々にではあるが古代より行われており、貨幣経済も古代から存在した。情報の交通も言語と文字の発明から始まり、印刷や郵便の発達も古代からであった。すなわち、前近代の長い間に積み重ねられたものが、科学技術の発見とその応用により、爆発的に人間社会を変えたのが、近代化という現象である。
 同様に、人類の社会は、近代の到来によって、共同体から機能集団への転化が行われたように思われるが、そうではない。先述したように、基礎共同体と意思共同体、機能集団と集列集団は、古代から共に存在していた。物質面から見た近代化と同様、人類は、長期にわたって社会構造の変化を準備し、近代化の時点で、劇的にそれを達成したのだ。前近代の集団は基礎共同体や意思共同体が支配的であり、近代化以降の社会集団は、機能集団と集列集団が支配的となっていったが、共同体は失われたわけではない。前近代と同様に、人類は、四層の社会集団を持ち続けている。また、当然、人、物、金、技術、情報の交流が世界的となっていくので、集列性が著しく増加した。

 近代化の中で、啓蒙思想から発展した人権思想と個人主義は、政治システムとしての民主主義を生み出した。もちろん、すべての国民にとって普遍的な民主主義が一夜にして生み出されたわけではない。それは市場への平等な参加が保障されるシステムが一夜にして生まれたわけではないことと同様である。ともかく近代化の過程の数百年を通じて、人類は、諸個人が平等に参加し、自分たちの手で自分たちを規制するという意味での立憲主義を柱とする民主主義という政治システムを生み出し、前近代には戦争の主原因であった財物の獲得を、戦争によらず、分業と貿易により大量に獲得し大量に消費することのできるシステムとしての資本主義と市場経済を生み出した。

 近代化に伴う生活環境の変化については、第一に、人類の生活が物質的に豊かになったことが挙げられる。食料の生産が豊富化され、生活を豊かにする様々な物品が豊富に手に入るようになった。それは、生産技術の進歩も大きな要因であったが、それ以上に、世界が貿易によって相互依存を深め、物資の流通が円滑となり、必要なものが 必要なところへ売買によって平和的に移動するようになったことが一番の要因である。高速道路、高速鉄道、航空機の発達は、人々の移動を軽やかにし、家電に囲まれた生活は便利になり、女性を家事から解放した。人々はインターネットを通じて世界中で個人的につながり、情報は瞬時に行きわたるようになった。全てが科学技術のもたらしたものだ。
 そして他方では、科学技術の負の側面が表れ、戦争の技術が格段に進歩し、ついには第一次、第二次の両大戦で一般市民を含む 大量の犠牲者を生んだ。未だ地球上には人類の殺し合いが止む気配はない。しかし、まだ発展途上の地域があるとはいえ、人類の個体数は70億を超え、すでに 先進国ではピークアウトしつつある。予測としては、100億程度で減少に向かうと考えられている。

 都市化と産業化は、人間を、若い時期から、基礎共同体から切り離し、都会へと導く。家族は大家族から小家族、核家族となり、ついには単身で暮らす人々も増えていく。ムラは過疎化し、都会の人間関係は冷え冷えとしたものとなり、孤独な群衆が生み出される。
 社会集団は特定の目的で結びつく機能集団が主となり、ルールや契約で人々は縛られていく。さらに都会の人間関係は集列性を強め、人々は否応なく様々な諸個人とすれ違いながら生きていく。
 しかし、人間のDNAとして染み付いた共同体的な人間関係を求める意識は、家族という基礎共同体をそれなりに残しながら、一方では、各所に意思共同体を作っていく。擬似家族、友人関係、趣味の集まり、地域コミュニテイ、会社共同体、祭りコミュニテイ等々。

 近代化は、集団から切り離された個人を単位として、社会の秩序立てのための政治システムである民主主義を生み、大量生産、大量消費の豊かな社会を作り出す経済システムとして市場経済を生み出した。
 本来、個人の平等という観念は、一神教の神の元での人間の平等という宗教的信念から生まれるものであり、多神教や仏教的世界観からは生まれない。
 しかし、民主主義と市場経済が個人を単位とするがゆえに、必然的に近代に共通の価値観とならざるを得ない。

 近代化以降、個人を基礎として社会が構成されるということが当然の意識となり、基本的人権の尊重ということが最大の価値基準となっていく。
 人々は、政治的に、また経済的に、個人として自由に振舞うということが、最大限に尊重される。ここに、自由と基本的人権の二つの価値基準が生まれた。基本的人権の尊重は、人権の平等を意味する。自由と平等もまた同列に理解されなければならない。日本では、自由と平等は矛盾するといった誤った議論がなされることがあるが、啓蒙思想の不勉強ということだ。あらゆることに自由であることをすべての人間に認めるならば、人間は共存することができない。それゆえに、互いの合意の上で、自由権の一部を放棄して社会契約を結び、法律を制定し、刑罰を定め、司法と警察の制度を作り、自由と平等を両立させるのである。ここでいう平等とは、法のもとでの平等、機会における平等ということであって、顔形や年齢が同じとか、収入が同じといった意味ではない。それゆえにすべての諸個人の合意の上に法律等の制約装置が設定されなければならない。民意に基づいて法が制定されるという立憲主義は、ここから生まれる。民主主義の社会にあっては、既存の法律や制度は、常に諸個人の合意に基づいているかどうかのチェックを受け続けなければならない。
 WCRP(世界宗教者平和会議)の事務総長であるビル・ベンドレイ氏は、Shared Securityという概念を平和へのキーワードとして提唱している。これは、諸個人が自らの安全を得るためには、他者の安全を保障しなければならないということだ。自由と基本的人権を互いに尊重しあうことと同じ意味である。

 前近代では所与のものとして人間に与えられていた基礎共同体から引き離され、個人として近代社会の只中に放り出された人々は、本能的に共同体を求める。しかし、近代の社会システムは、それを簡単に許さない。人生の節々で、様々な機能集団に組み込まれながら人間は生きていかざるを得ない。幼稚園、塾、小学校、中学校、高等学校、大学、会社、工場、様々な職場等々、あらゆるタイプの機能集団に関わりを持ちながら、人生を生きていく。田舎の、所与の基礎共同体である家族や親族は、たとえ残っていても、その成員は一年に数回顔を合わせる程度となり、精神の癒しとはならない。都会で新しく作る家族は核家族となり、場合によっては単身で一生を送り、隣近所の付き合いもなく、というより地域コミュニテイを作る時間的な余裕もなく、人々は共同体に飢えて生きていく。それでも一部の人々は、機能集団の一部に意思共同体を作り、あるいは地域コミュニテイに参加し、自発的に何かの共同体をつくり、心の飢えを満たす。
 
 かくして、近代化は、諸個人の共同体の飢えを満たすための様々な反近代の装置を、社会の中に発生させることとなる。その一つが、宗教共同体であり、それがカルト化すれば、既存の社会の破壊と再生を目論む機能集団の様相を見せていく。日本のオウム真理教の出現と変質は、まさしくこの文脈に沿っていた。
 また、1960年代から70年代にかけて世界的に発生した、様々な学生や若者の運動、米国のヒッピーやフラワーチルドレン、日本やフランスやドイツの学生運動なども、近代社会の中に共同体の社会を作り出そうとする運動であり、日本やドイツの学生運動が、その末期において凶暴化していくのも、オウム真理教と同じようにカルト化し、機能集団化したものである。
 19世紀の半ばに、マルクスが共産主義の思想を提示し、それが燎原の火のように世界中に広がっていったのは、初期資本主義社会における劣悪な労働者たちの悲惨と、近代化によって現出した人間疎外(共同体感覚の喪失)の状況を改善しようとする希求があったからに他ならない。共産主義とはCommunism、すなわち社会の全体を共同体化していこうとするものであり、その意味で、反近代の思想であった。
 共産革命が、近代化の先端を走っていたイギリスで実現しなかったのは、近代化による基礎共同体の破壊と個人化が著しく進んでいて、共産革命より労働条件の改善という、資本主義の改良の方向で、対応が行われたためである。
 これに対し、資本主義化が進んでいなかったロシアや中国で共産革命が成功したのは、その共同体理論を受け入れることのできる前近代的な共同体が、実態として、しっかりと残っていたからである。表面的な近代化に対し、古い基礎共同体は、個人意識に基づく市場経済や民主化に反対の狼煙をあげ、権威主義はそれを倫理として内に取り込みながら、近代化を達成しようとする。初期の近代化を進めたいと願う諸国家において、共産主義や権威主義が政治体制として用いられ、比較的うまくいくのは、この理由による。しかし、近代化が成熟すれば、必然的に個人意識が強くなり、結果として市場経済や民主主義を求め、軋轢が国内に生じる。プラハの春、ソ連の民主化、東欧共産主義の崩壊、中国の民主化運動、アラブの春などはこのような文脈で起きた事件である。
 日本の近代化は、明治の指導者たちが、和魂洋才の標語の如く、前近代の共同体を地方に色濃く残したままで、西欧技術のみを取り入れるために、天皇を中心とする家族主義的国家という前時代的な権威主義の国家を作り、西欧近代の立憲主義という仮装をその国家に施すことによって、軋轢少なく進んだが、最後には、西欧列強との植民地争奪戦の中で、過度に発達した権威主義が全体主義に転化し、ついには敗戦の憂き目を見たことは歴史に示されたとおりである。日本の本格的な近代化は、1960年以降の工業化による都市人口の増大を待って完成する。敗戦後、戦勝国の米国は、日本に民主主義の政治システムを植え付けたので、個人意識の増大による民主化の要求は、日本では必要なかった。
 ドイツでは、第一次世界大戦後、ワイマール共和国という民主主義の政治システムが成立したが、戦勝国による戦後賠償の過度の要求は、その経済を疲弊させ、窮状の打開のために国民は強い指導者を求め、民主主義を捨てて、ヒトラーを総統と選び全権を与え、第二次世界大戦を引き起こし、敗戦となった。これは、近代社会にあって、民衆の強い絆の共同体を求める情念は、状況が合えば、国家レベルの共同体を標榜する指導者を選択し、そのような国家レベルの共同体は、これまで共同体論で述べたように実現不可能であるがゆえに、権威主義から全体主義の国家に転化していき、ついには破綻していくという見本である。ナチスは、「国家社会主義労働者党」の略であり、2.26事件の青年将校たちも「国家社会主義」にかぶれ、天皇を戴く社会主義というのは、戦前日本の知識人たちの多くが賛同していたということは、近代化の進捗の中で、それに反対しようとする反近代の意識が生まれてくることが、いかに普遍的であるかを示している。
 これに対し、欧米では、なぜそのような運動が主流とならないか?それは、知識人に、啓蒙思想に基づく民主主義や経済思想に基づく市場経済の原理がよく知悉され、個人主義が大切にされていることと、社会の各所に意思共同体が作られていて、民衆の共同体を求める情念の受け皿となっていることが考えられる。米国などでは、教会や地域コミュニテイがその役目を果たしている。

 近代化は、機能集団や集列集団を大量に作り、その中で人間は、孤独化し、共同体を求める反近代の情念が生じる。これを社会の中に小集団としての共同体を多種多様に作り出すことにより吸収すれば、その社会は平穏になる。
 しかし、社会的に危険なカルト集団に転化していくような共同体が生み出されていくと、その社会は不安定となる。
 また、強い指導者が現れ、民衆の共同体への情念をまとめ上げ、国家レベルの共同体を提示し、それに無批判に民衆が応じる時、共同体的な国家は、倫理や法を厳しく国民に課す権威主義の国家となり、近代社会により生み出される個人意識を抑圧しようとして、ついには全体主義の国家となり、破綻していく。

 この理論は、逆に、近代化が不十分で、共同体が過度に残っていて、未だ民主主義を社会システムとして受け入れられない地域においても当てはめることができる。このような地域では、権威主義や全体主義に基づく社会構成ができている。中東やアフリカの戦闘が止まない地域、あるいは近代社会に対し、前近代の復讐とも言い得るテロ行為を産出する地域がそうである。このような社会を意味のない戦闘から救うには、その地域を近代化し、個人意識を醸成することに尽きる。これは、その地域を、誰もが豊かな生活ができ、民主主義と市場経済の元で暮らすことができる地域とすることを意味している。現在、21世紀の人類の最大の課題である、テロとの戦いを終結させるには、この方法のみが有効である。
 もちろん、それに至る過程で乗り越えなければならないいくつかの問題がある。一つは、資源やエネルギーの枯渇である。もう一つは、地球規模の近代化のさらなる進展は、地球環境に強い負荷を与え、ついには地球を人類が住むに不可能な天体とするのではないかという問題である。これは、常に問われる問題であるが、基本の構造は、機械が出来た時に、それまでの生活に慣れた人類が抵抗した事と等しい。科学技術の進展で、解決することのできる問題である。
 もう一つ、厄介な問題がある。それは、市場経済の中の、軍事産業の利益と存続に関わる問題である。すなわち、こういった産業はその存続のために、常に地球のどこかで戦闘が起き、兵器が消耗されることを必要とする。ゆえに地球の全てが、平和に人々が共存する場所となっては不都合であると考えている。この状況を打開するのは、言うまでもなく、科学技術ではなく人間の倫理観、意識の問題である。目先の利益を追うあまり、人類全体の利益を損なうことは、基本的人権の相互尊重を柱とする個々人の倫理意識のレベルを上げることで対処するしかない。
 ケン・ウィルバーが、歴史のそれぞれの時代に主流の意識が、次の段階にレベルアップすることにより、人類の社会が進歩してきたのであり、さらに進歩するには、さらに意識がレベルアップすることが必要であると結論するのはこの意味である。                     (2016/09/17)

*本稿を著すために、見田宗介著「社会学入門」岩波新書版を参考にさせていただいた。記して深甚の謝意を表したい。
 

 

  

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