宮司のブログ

こんにちは。日吉神社の宮司を務める三輪隆裕です。今回、ホームページのリニューアルに伴い、私のページを新設してもらうことになりました。若い頃から、各所に原稿を発表したり、講演を行ったりしていますので、コンテンツは沢山あります。その中から、面白そうなものを少しずつ発表していこうと思います。ご意見などございましたら、ご遠慮なくお寄せください。

権威主義の行く末

2016年7月24日   投稿者:宮司

 現在、日本では、民主主義から権威主義への移行が起きようとしている。このまま進めば、最後は全体主義に行き着くことになるであろう。
 私は、自身のブログの各所で、この現象に対する警鐘を鳴らしてきた。そして、全体主義がいかに時代錯誤のものであるかということも説明をしてきた。
 ここでは、それらをまとめて、権威主義の行く末について説明してみたい。

権威主義の行く末

 東アジアでは、権威主義が受け入れられやすい、という議論がある。この地域の多くの国々の近代化の初期において、権威主義的な経済政策が比較的うまくいったということが一つ、個人意識と民主主義の確立が国民自身の手で行われず、欧米から移植されたものであることがもう一つの理由である。

 現在、日本では、民主主義から権威主義への揺り戻しが起きているように見える。果たしてどうなるか?私は、民主主義を捨てることは国を捨てるに等しいと考えている。

 なぜか?

 もともと、なぜ個人意識と近代民主主義が生まれたかを考えてみると良い。これらは、近代化の産物である。家族主義、その延長としての権威主義や全体主義、あるいは特定の価値観に基づく権威主義や全体主義は、前近代の残滓なのだ。

 人類史を俯瞰すれば、一つの屈折点が見える。それが近代化だ。18世紀から20世紀にかけて、人類は、西欧から始まった近代化の波を世界中に広げた。その近代化の過程で、何が起きたか? 人類の生活は物質的に豊かになった。まず食料の生産が豊富化され、引き続き生活を豊かにする様々な物品が豊富に手に入るようになった。それは、生産技術の進歩も大きな要因であったが、それ以上に、世界が貿易によって相互依存を深め、物資の流通が円滑となり、必要なものが必要なところへ売買によって平和的に移動するようになったことが一番の要因である。高速道路、高速鉄道、航空機の発達は、人々の移動を軽やかにし、家電に囲まれた生活は便利になり、女性を家事から解放した。人々はインターネットを通じて世界中で個人的につながり、情報は瞬時に行きわたるようになった。全てが科学技術のもたらしたものだ。そして他方では、科学技術の負の側面が表れ、戦争の技術が格段に進歩し、ついには第一次、第二次の両大戦で一般市民を含む大量の犠牲者を生んだ。未だ地球上には人類の殺し合いが止む気配はない。しかし、まだ発展途上の地域があるとはいえ、人類の個体数は70億を超え、すでに先進国ではピークアウトしつつある。予測としては、100億程度で減少に向かうと考えられている。

 この近代化の過程は、一方では、人間の暮らし方に根本的な変化を生じさせた。それは、個人化(孤独化)ということである。

 本来、人間は、生まれた時から、家族、そしてムラ社会の一員であった。そこでは個人という意識は希薄であり、人々は、社会のルールとして、慣習、宗教、道徳、そして長老の指示に従った。権威主義で社会の秩序を維持するシステムであった。この権威主義で社会の秩序を維持するという形は、人類が文字と初期の道具を発明し、基礎的な衣食住に関わる生産を豊富化し、それによって貧富の差が生まれ、小国家ができ、秩序のルールとして法律が生まれ、より豊かな社会を求めて交易が始まるとともに、国家間の交流と戦争が始まったが、社会システムの基本形として近代化の直前まで存続した。

 近代化の直前、西欧においては、宗教改革やルネサンスにより、キリスト教の神を中心とする世界観に疑念が生じ、人間中心の世界観が生まれ、自然科学の発達の結果、宗教の世俗化が始まった。それは慣習や古い道徳からも人間を解放し、人々は、人間として平等であるという観念を持ち始めた。実は、神が理性的に世界を創造したという思想が、世界は合理的に、つまり数学的にできているという確信を持たせ、その結果生まれた自然科学が、世界は神が創造したという世界観を葬り去ったという皮肉がここに存在している。同様に、人間が平等であるという観念は、神のもとに人間が平等であるという観念から導かれるものであり、神を喪失したのちには、根拠のない観念である。一神教の神を持たなかったアジアの人々にとっては、到底理解することのできない観念であった。

 しかし、アジアの人々を含めて、今では、人間は平等である、とする観念は、至極当然のように、世界中で受け入れられている。なぜか?

 それは、近代化による人間精神の変化に深く関わっている。近代化の中で、人々は自分が生まれ出た本来の家族から離れ、同じく本来の住処であるムラから離れ、都会へ行き、工場やその他の近代的な職場で働き、同じようにムラから離れてきた女性と結婚し、子供を産み育て、新しい家庭を作った。核家族の誕生である。それが二世代、三世代と続き、また近代化の拠点である都会の面積が増えるにつれて、人々は都市に集中し、ますます小さな単位の家族となり、ついには一人暮らしで人生を終えるような人々も現れるようになった。住まいと職場は分離し、隣近所の付き合いも希薄となり、人々は生活の様々な場面で、様々な人々と関わりを持つようになった。生活の中で、常に見知らぬ人々と接触し、関係をうまく保ちながら生きていかなくてはならない。

 そのような社会の中では、もはや、慣習とか、道徳とか、長老の指示など役には立たない。かろうじて宗教が、ムラに変わる共同体(人と人との信頼できる結び付きに基づく社会)を用意してくれるので、特定の宗教に参加することで安心する人々も現れる。つまり、都会で出会う見も知らぬ人々が、一定の秩序を保つ社会を作ろうとすれば、自然に、個人を単位として、諸個人が平等であることを前提とする法律の体系を作って、秩序のルールとする他はないのだ。これが、近代化によって、民主主義と市場経済が生まれた根本の原因である。

 民主主義も市場経済も、個人をベースとしている。しかも、それぞれ価値観も、文化も、歴史も異なる様々な諸個人だ。この諸個人が民主主義というシステムを通じて、一定の秩序の中で共存し、市場経済というシステムを通して、物品の合理的な生産と流通と消費を可能とするのが、現代の社会である。

 しかし、民主主義も市場経済も一夜にしてうまれたわけではない。当初、民主主義の基礎となる諸個人とみなされた人々は、資本主義の勃興期に生まれ出た市民と呼ばれる階層とそれ以前の支配階層の人々だけであった。それが時代を下るに従って、様々な見直しを経て、すべての人々に広がった。また、大航海時代以降に欧米諸国は世界中に植民地を作ったが、それらの植民地に生きる人々は、宗主国の人々と同列の人権を持っていなかった。そこで、それらの地域では、民族自決が叫ばれ、国民国家としてそれぞれ独立を果たすと同時に、主権国家として先進諸国と対等の立場に立つことができるようになった。その独立と経済的自立のために、多くの発展途上国では、権威主義に基づく効率的な支配の中で近代化が進められ、その結果生まれた諸個人が民主化を求め、その過程で様々な軋轢が生じ、時には内戦という悲惨な結果も招いた。

 19世紀の半ば、近代化の過程の中で、悲惨な状態で苦しんでいた労働者の救済を目的として出現した共産主義の思想は、瞬く間に全世界へ広がり、特定の価値観に基づく権威主義の社会システムの構築に大きな力を与えた。共産主義を英語で表記すればCOMMUNISM、これは共同体主義を意味する。すなわち、前近代への志向なのだ。しかし、本来、人間の個人化を促進する近代化と権威主義は相容れない。百五十年を経て、共産主義の思想が消滅しつつあるのは、そのことを示している。

 しかし、日本でも、共産主義による権威主義化の志向は下火になったが、このところ国家主義に基づく権威主義への志向が全国民的な規模で起きているように見える。これは何を意味するのか?

 日本人は、もともと稲作漁労を主とする文化を持ち、多神教であり、戦いよりも共存を選ぶ人々であった。現在、山間部になお、縄文系の遺伝子を持つ人々が存在し、この他に、倭人系の遺伝子が主流であるとはいえ、中国系、朝鮮系の遺伝子を持つ人々が混在している現代の日本人の遺伝子状況を見れば、多種の遺伝子を持つ人々の融和的な混成が日本人であることは間違いない。

 それらの人々は、家族、ムラ社会の中で、安定した共同体生活を送ってきた。昭和三十年代後半に、日本がムラを基礎とする農業型社会から都市を基礎とする工業型社会に変わるまで、それは続いていた。
 
 急速な都市化の中で、ムラ社会のような共同体への郷愁は、戦後の高度経済成長という絶好のタイミングもあって、日本では、終身雇用、年功序列という会社の中へ吸収された。人々は、会社を通じて、家族ぐるみで付き合い、生活を楽しみ、そして会社のために忠誠を尽くして働いた。

 一方、社会主義に近い思想を持った人々は、労働組合を作り、様々なサークルを作り、その中で、共同体の安定を得た。

 しかし、公労協の組合の解体を目論んだ国鉄や電電公社の民営化は、組合を主とする仮想共同体の解体を実現し、また、30年近く続いた低成長とその後の規制緩和による労働者雇用の自由化は、会社という仮想共同体を完全に解体した。日本人は、仮想共同体の中で近代化に邁進してきたが、20世紀の終わりになって、それらの精神安定装置を失った。

 近代化は、人間の個人化を促すが、多くの人間は、簡単にそれに順応できるほど器用ではない。「孤独な群集」は、個人として、時にカルト宗教にはまり、時に自死を図り、時に凶悪な暴力事件を起こす。現代の社会病理である。

 そこへ、国家を仮想共同体として、自信に溢れ、実質的に国家最高の権威を持って、全国民に実存の意義と方向性を示すような指導者が現れた時、群集は、彼に喝采を浴びせることになる。

 おそらく、現在の日本の状況はそれに近いのであろう。

 しかし、繰り返すが、近代化と権威主義のシステムは、相容れないものだ。必ず問題が生じる。それを防ごうとする権力は、民主主義のシステムを破壊し、分かりやすい原理と統制的な管理によって、国民をまとめていこうとする。

 ここに、一見穏やかで効率的に見える権威主義が、不断に全体主義に転化していく根拠がある。

 日本のように、天皇陛下という歴史的な権威が存在する国は、天皇陛下の名の下で、権威主義の政治が行われるので、実際の指導者にとっては、匿名性が保障され、極めて便利なものである。

 現在の日本の民主主義から権威主義への揺り戻しは、日本の社会の特殊な事情があるとはいえ、人類の社会システムの発展に逆行するものだ。日本人は、どこで踏みとどまることができるのか? 世界の孤児になるところまで行ってしまうのか? ある程度で、引き返すことができるのか? これは、歴史の壮大な実験のようなものだ。観察者の視点では、極めて興味深いものであるけれども、友人や家族のことを考えると、私は、この先の日本が心配でならない。
                                           (2016/07/24)

 

 

 

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