宮司のブログ

こんにちは。日吉神社の宮司を務める三輪隆裕です。今回、ホームページのリニューアルに伴い、私のページを新設してもらうことになりました。若い頃から、各所に原稿を発表したり、講演を行ったりしていますので、コンテンツは沢山あります。その中から、面白そうなものを少しずつ発表していこうと思います。ご意見などございましたら、ご遠慮なくお寄せください。

歴史修正主義を憂う

2016年6月5日   投稿者:宮司

 歴史修正主義を憂う

 神職になろうとする人々に、神社本庁が推薦する図書の一つに、平泉澄著「少年日本史」がある。平泉澄という人は、戦中の一時期に存在した、東京帝国大学で国体学を講義した日本思想史講座の主任教授で、皇国史観を主張した人物だ。その前書きに以下の文章がある。

 「皆さんよ、人の貴いのは、それが誠實であるからだ。誠實は一切の徳の根本だ。その誠實を守る為には、非常な勇気を必要とするのだ。世の中には、自分の欲の為に、事實を正しく視る事の出来ない人もあれば、世間の人々を恐れて、正しく事實を述べる勇気のない人も多い。今後の日本を担うべき少年の皆さん、敗戦の汚辱を拭い去って、光に満ちた日本の再興に當るべき皆さんは、何よりも先ず誠實でなければならぬ。日本の歴史は、さような誠實と勇気との結晶だ。凡そ不誠實なるもの、卑怯なるものは、歴史の組成に興る事は出来ない。それは非歴史的なるもの、人體でいえば病菌だ。病菌を自分自身であるかのような錯覚を抱いてはならぬ。」

 この文章の眼目は、歴史は誠実な人々の誠実で勇気のある行為の積み重ねであるということ。不誠実や卑怯な行為は、病菌のようなものであるから、歴史から排除されなければならないということ、日本人は、日本の誇りを傷つけるような歴史観を持つべきではない、ということだ。

 端的に言えば、これは、それぞれの価値判断に基づいて歴史が認識されるという意味での歴史相対主義であり、それぞれの民族がそれぞれの民族に都合の良い勝手な歴史解釈をすれば良い、ということであり、また、歴史は民族精神の自己展開として実現するに違いないということだ。

 ここまで書けば、おわかりであろう。この人の考えは、ドイツ観念論、ヘーゲルやリッケルトの思想である。この二人を同列に論じることは厳密には正しくないが、平泉先生は間違いなく二人の影響を受けている。先生の一代記を見ると、訪独の折にはリッケルトを訪問している。ヘーゲルは少し前の時代の人であるが、絶対精神の自己展開としての歴史認識は、天皇を中心とする世界統一を歴史の終わりに想定する皇国史観に多大の影響を与えただろう。リッケルトは、多様な現実の中から知るに価値あるもののみを選択して認識すべきという論を立てた。このような価値哲学の歴史認識は、正しく平泉先生の前書きと一致する。

 英仏で、啓蒙思想が生まれた後、遅れて近代化を志向したドイツでは、カントの批判哲学を受けて、物自体の認識を理論化するために弁証法を取り入れた観念論が哲学の主流であり、結果として価値哲学に見られるような歴史相対主義に入ってしまう。これに対し、物自体を物として、ものの定在から認識のあり方を追求したマルクスが共産主義理論を作り上げたのは興味深い。価値哲学の歴史相対主義と唯物史観とは、弁証法から生まれた兄弟と言える。

 最近の、神社本庁や日本会議が主張する歴史認識の問題、従軍慰安婦や南京大虐殺について、それをなかったものとする主張は、一見歴史の真実を明らかにするためのものと見えるが、よくその主張を吟味すれば、自虐的歴史観の排除、すなわち自国を貶める歴史観を払拭するということが眼目であることが理解される。真実はどうでも良いのである。これを歴史修正主義(Historical Revisionism)という。神社本庁や日本会議は現在の安倍政権と共に、まさにこれを為そうとしている。その結果はどうなるか? これから育つ日本国民は、歴史の真実を知らず、求めず、ただ自国が世界最高の立派な国であると信じ、国際社会に入っていくことになる。泉下の平泉先生はご満悦であろうが、結果は今の北朝鮮と同じ。世界から失笑を買って、三流国の国民意識と馬鹿にされ、ひどくすると戦争を始めてしまうであろう。

 ネットでHistorical Revisionism in Japan を検索すれば、現在の状況は一目瞭然、英語で次々に批判記事が出てくる。
 この様な状況であるのに、日本のマスコミは沈黙している。ここまで大政翼賛であると、あきれてものも言えない。

 注目すべきは、親王殿下がこのことについて深い憂慮を示されておられることだ。陛下も同じお気持ちであろう。宸襟をここまで苦しめる民族派の神社本庁と日本会議は、真に皇室を大切に思うのであれば、土下座して反省しなければならない。

参考のために、以下のサイトを示す。最後の2件が親王殿下の意思を示している。(2016/06/04)
http://nationalinterest.org/feature/us-should-be-appalled-by-japans-historical-revisionism-12381

http://www.eastasiaforum.org/2015/10/26/historical-revisionism-undermines-abes-apology/

http://www.asianz.org.nz/bulletin/historical-revisionism-japan-under-prime-minister-abe

http://thediplomat.com/2015/02/japans-crown-prince-rebukes-historical-revisionism/

http://www.ibtimes.com/japans-revisionist-history-crown-prince-naruhito-calls-correct-understanding-war-1826840

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