宮司のブログ

こんにちは。日吉神社の宮司を務める三輪隆裕です。今回、ホームページのリニューアルに伴い、私のページを新設してもらうことになりました。若い頃から、各所に原稿を発表したり、講演を行ったりしていますので、コンテンツは沢山あります。その中から、面白そうなものを少しずつ発表していこうと思います。ご意見などございましたら、ご遠慮なくお寄せください。

緊急事態条項の必要性の論議に呆れた

2016年5月6日   投稿者:宮司

  緊急事態条項の必要性の論議に呆れた

 四月三十日、TRS系テレビの報道特集という番組が、「憲法改正~変えたいものは?」という表題で、改憲派の、「緊急事態条項」を新憲法に加える主張について特集をしていて、見て、呆れた。

 改憲派の集会では、安保法制は合憲であるという数少ない、確か日本でたった4名の法学者の一人である百地章先生が講演をしていて、聴衆は、渡されたパンフレットを見ている。そのパンフレットには、東日本大震災の非常時に、緊急車両にガソリンが行き渡らなかったために出動できず、助かるはずの人を何人も助けられなかった。だから緊急時には法律手続きを超えて政府が一元的に指揮をすることが必要であると謳ってあった。

 番組のスタッフが、念のため、東日本大震災の被災地域の消防署を訪ねて、ガソリンが不足した事態を検証すると、馬鹿げたことに、そのようなところは一箇所もなかった。完全な嘘をパンフレットにして配布し、聴衆も大真面目に緊急事態条項の必要性に耳を傾けていた。

 日本人が思いつく緊急事態条項の取り扱いは、これで押して知るべしだ。私は、突発的な戦争や伝染病のパンデミックの事態などに対応するために緊急事態条項はあっても良いと思っていたが、考えを変えた。

 このように明らかな騙しで世論を作って、緊急事態条項を設定すれば、その使用は、嘘で塗り固められたものとなるであろう。すなわち、基本的人権を意図的に制限するために、この条項は使用されることは明らかだ。とんでも無いことだ。なぜこれほど日本人は、嘘つきで差別的で、また、だらしないのか、考えてみる。

 一言で言えば、文化の差だ。日本は多神教。ゆえに状況倫理で、誰も何かが絶対的に悪いとは思わない。法律で決められているから、法律に背くことは刑罰の対象となり、自分に不都合だからしない。それだけのことだ。だから、自分に有利になり、法律にも背かないことであれば、良心の呵責など感じず、平気で嘘をつく。自分が主張していることを通そうとして、平気で大衆を騙すのだ。百地先生も「嘘をつけば神罰が下る」とは思っていまい。

 次に、基本的人権の感覚が鈍い。それは、西洋と違って、血を流す市民革命を経ず、民主主義と基本的人権の概念を米国から押し付けのように与えられたからだ。それに一神教の欧米では、基本的に人間は神のもとで平等であるが、多神教の日本では、そんな観念は存在しない。よって、敗戦により自分たちの価値観とは異なる欧米的な価値観を押し付けられた日本人の民族派は、チャンスがあれば戦前と同じような価値観のもとで、この国を運営したいと願っていた。敗戦のショックで旧来の日本的なナルシズムが間違っていると気付いた世代が大部分死に、目障りな団塊の世代も死にかけてきたので、そろそろチャンス到来というわけだ。

 日本は、稲作の国だ。みんなが共同して、個人意識を捨てて、長老の言う通りに協力することによって、稲作のムラは存続する。そこでは、個人が埋没し、良いリーダーのもとで、社会が平和に安定的に運営される。異論は許されない。この全体主義社会は「和」が最高の価値だ。「和の民主主義」という全く矛盾する概念が平気で喧伝されるのが日本だ。

 かつて、戦前の日本で、共産主義がもてはやされたのは偶然ではない。共同して生きるというのは全体主義で、共産主義もその全体主義だからだ。マルクスのテーゼを天皇の詔勅に置き換えたら、すぐに日本的全体主義となる。右翼のイデオローグに共産主義からの転向が多かったのはそのせいだ。典型的な人物に戦前の田中清玄があり、戦後の藤岡信勝がある。共産主義と右翼が仇同士なのは、近親憎悪、同じ穴のムジナの憎しみ合いだからだ。

 これに対し、民主主義や基本的人権の概念は、もともと神と個人を相対して認識する、西洋的な、自由主義、リベラリズムの伝統だ。

 私は、日本人は、戦後70年、自由主義の憲法のもとで生きてきて、基本的人権の認識は出来てきたかと思っていたが、どうもそうではなさそうだ。若い世代の認識も日本的なトンチンカンで、また全体主義に戻りそうな雰囲気がこの社会の中にある。

 最初に戻るが、基本的人権の認識が出来ているならば、大衆に同意を求めるのに、嘘の情報を流しはしない。しかも法学者がそうなのだから呆れる。大衆はバカだから適当に嘘をついて洗脳すれば良いという考えがあからさまである。このような人物を相談役とする政権が、緊急事態条項を、基本的人権の尊重を第一義に考えて運用するとは考えられない。戦前のように、国民を騙して誤った方向に導く政府が誕生するのは目に見えている。日本ももう一度、遠い将来、欧米と戦争をすることになるかもしれない。

 私は、憲法改正を云々する前に、日本人の若い世代に、世界の共通価値として、基本的人権と民主主義、自由主義と市場社会という価値観を再教育してほしい。そのあとで、憲法を改正しなければ、まともな憲法は作れないだろう。日本的価値観の憲法で社会を運営すれば、日本はまた全体主義となり、自由主義の陣営にそっぽを向かれることになると思う。(2016/05/03)

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